連載
城物語
第三話『裏切りの城(今帰仁城)』 矢野 隆 Takashi Yano

 今日、戦は動く。真牛と攀安知の与(あず)かり知らぬ場所でだ。しかしそんなことはどうでも良かった。真牛にとっての戦とは、今この時、眼前の修羅との逢瀬にこそある。
 乱戦のなかに突入した。敵も味方も馬で押し退け、弾き飛ばし、攀安知の元へと急ぐ。
「おおぉぉぉぉっ」
 思わぬ声が口から漏れていた。振り上げる剣が、敵へと向く。鉾(ほこ)をかかげて襲いかかろうとしていた男の胸から上が、面白いように崩れ落ちた。己でも驚くほどに、澄んだ太刀筋である。心が猛(たけ)り、躰が応えている。万全の心身であった。
 すでに二人目が首を飛ばして死んでいる。三人目からは数えなくなった。敵を屠(ほふ)る度に、想い人へと近づいてゆくことが、ただたまらなく嬉しかった。
 この日のために中山に付いたような気がする。目の前の男と刃を交えるために、敵味方に分かれたのだ。敵を冷酷に見つめ、確実な勝ちを得る平原のような酷薄な武ではない。全てを受け入れてなお己が立っている。そんな攀安知の懐の深い武にこそ、真牛は魅かれていた。そうなりたいと目指し、研鑽に研鑽を重ねて来た。結果を知るためには、攀安知と刃を交えるしかない。そう考えれば、二人が反目するのは、避けられないことだったのだ。今になって解った。
 攀安知が目の前に迫っている。眼下の敵が突き出した鉾を中程から斬り飛ばし、返した刃で首を薙(な)ごうとしていた。
 馬の腹を思い切り蹴り上げ、気合を入れる。真牛の想いを悟った愛馬は、疲れた足を奮い立たせて速度を上げた。
 熱き刃が、鉾を失った兵の首を襲う。
「攀安知ぃっ」
 下から迫り上げるようにして振った剣が、攀安知の刃を阻む。結果として味方の命を救ったことになったが、一刻も早く刃を交えんと願った末のことである。もう少しで死ぬところだった兵が、二人の間で腰を抜かす。真牛の馬がその腹に蹄(ひづめ)を突きたてる。けっきょく男は己の運命からは逃れ得なかった。そんな哀れな兵のことなど真牛の思慮の埒外(らちがい)である。血走った眼は、想い人だけを見つめていた。
「真牛かっ」
 血で真っ赤に染まった笑顔で、攀安知が叫んだ。
「応っ」
 叫びながら、剣を握る攀安知の腕を狙い刃を振るった。馬上で軽やかに身をひるがえした攀安知が、斬激を避け、元の態勢に戻る勢いを剣に乗せ、真牛を狙う。
 首。
 鋭い。
 避けきれぬと悟った真牛は、剣をかざして受けた。
 馬が首の付け根を触れ合わせる。刃を交えたまま、二人の顔が接近した。
「ようも裏切ってくれたな」
 これほど清々しく恨み言が言えるのかと、呆れるくらいに攀安知の声は澄んでいた。それで真牛は確信する。この男も、己と戦ってみたかったのだ。
「言葉は無用っ」
 吐き捨てながら、攀安知の刃を押す。主の心を感じた馬が、敵が駆る白馬の躰を突き飛ばした。ふたたび剣を振る間合いとなる。



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〈プロフィール〉
矢野 隆(やの・たかし)
1976年生まれ。福岡県久留米市出身。
2008年『蛇衆』で第21回小説すばる新人賞を受賞する。以後、時代・伝奇・歴史小説を中心に、多くの作品を刊行。小説以外にも、『鉄拳 the dark history of mishima』『NARUTO―ナルト―シカマル秘伝』など、ゲーム、マンガ作品のノベライズも手掛ける。近著に『戦始末』『鬼神』『山よ奔れ』など。
Back number
第七話『姉の背中(白石城)』
第六話『民次郎の義(弘前城)』
第五話『士道の行く末(五稜郭)』
第四話『憎しみの城(長谷堂城)』
第三話『裏切りの城(今帰仁城)』
第二話『天命を待つ(萩城)』
第一話『戦人の城(伊賀上野城)』