よみもの・連載

城物語

第三話『裏切りの城(今帰仁城)』

矢野 隆Takashi Yano

「まだ放つなっ」
 攀安知の下知を聞いた家臣たちが、兵たちに大声で伝えてゆく。王の命(めい)は、わずかのうちに西方城壁を守備する全兵士に伝わった。
 隣に立つ平原に顔を寄せ、ささやく。
「北と東を守る兵たちに、奇襲に備えろと伝えろ」
「承知仕(つかまつ)りました。が、北と東は崖にさえぎられておりまする。こちらが戦うておる最中に敵の姿が見えたとしても、それから動いても良いかと存じまする」
「それでも備えさせておけ。敵が見えたら下知を待たず、各自の判断で動いて良い。敵を城壁に近付けてはならぬと厳しく言うておけ」
「承知」
 答えた平原が、背後に控える伝令たちに攀安知の言葉を伝えた。十名ほどの男たちが、うなずいて散る。その間も、攀安知の目は城に迫る敵に向けられたまま動かない。
「もうすぐだ」
 北山王の瞳が爛々(らんらん)と輝いている。敵の最前列は、ひと駆けすれば城壁に触れられる所まで来ていた。
「攀安知様」
 平原が焦るような声を吐いた。攀安知は無視して、敵を注視する。
 喊声(かんせい)が上がった。敵の足が一段と速くなる。我先にと城壁へと取りつく。
「放てぇっ」
 待ちに待ったといわんばかりの勢いで、城兵たちが眼下に向かって矢を放ち始めた。焦(じ)らしに焦らしたせいで、味方の目の色が変わっている。城壁を登られてはならぬという気持ちが、腕の動きとなって存分に表れていた。誰もが我先にと矢を番(つが)え、敵の顔めがけて放っている。雨のように降る矢を受け、敵がばたばたと倒れてゆく。
「後は見守るだけじゃ」
 肩から力を抜き、攀安知は平原の厚い胸板を拳で打った。
 喚声、悲鳴、怒号。城壁は命が上げる声で埋め尽くされていた。必死の形相で戦う敵と、容赦なく矢を放ち続ける味方のなかにありながら、攀安知だけが一人笑っている。
「油断めされてはなりませぬ。敵がどのような策を弄してくるやも知れませぬぞ」
「大丈夫じゃ。この攻めは尚巴志からの挨拶じゃ」
 城壁に立ったまま、力の抜けた声で言った。釈然としないのか、平原は眉根に深い皺(しわ)を刻みながら、主を睨んでいる。
「解るのじゃ」
 忠実な家臣から目を背け、攀安知は敵兵のはるか彼方に目をやった。攻め寄せる敵の背後に控える陣にひるがえる旗に、尚という字がはっきりと見える。あの旗の下に尚巴志がいる。
「このような愚直な攻めを行う男は、嫌いではない」
「しかしっ」
 振り返り、再び平原と正対する。
「丁重な挨拶には、存分に答えてやらねばならぬ。ありったけの矢を放ってやれ」
 うなずく平原の肩を叩くと、攀安知は城壁を降った。

プロフィール

矢野 隆(やの・たかし) 1976年生まれ。福岡県久留米市出身。
2008年『蛇衆』で第21回小説すばる新人賞を受賞する。以後、時代・伝奇・歴史小説を中心に、多くの作品を刊行。小説以外にも、『鉄拳 the dark history of mishima』『NARUTO―ナルト―シカマル秘伝』など、ゲーム、マンガ作品のノベライズも手掛ける。近著に『戦始末』『鬼神』『山よ奔れ』など。

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