よみもの・連載

城物語

第三話『裏切りの城(今帰仁城)』

矢野 隆Takashi Yano

「策のために敵が動かぬといたしましょう。それが如何なるものであったとしても、策である以上、この城を攻め落とすつもりであるということになりましょう」
「そうじゃな」
「無理に城を落とす必要などない敵が、何故、攻め落とさねばならぬのでしょう」
「道理など、どうとでも付けられる。この城を兵糧攻めで落としたとしても、北山の地平は広大じゃ。各地の民が中山になびくとは限るまい。が、力攻めで落ちたとなると話は別じゃ。中山の、尚巴志の強大な力を恐れ、民も抗うことを止めるであろう」
「なるほど」
「こじつけじゃ。道理などいくらでも考えられると言うたであろう。とにかく、俺にはこの沈黙が兵糧攻めの為であるとは思えぬ」
 平原が小さく笑って首を振った。
「王がそう申されるのであれば、そうなのやもしれませぬ。なれば、こちらも手を打たねばなりませぬな」
「敵が動く前にな」
 細い顔が、ゆっくりと上下した。
「やはり打って出るしかありますまい」
「結局、そうなるか」
 正直、願ったり叶ったりである。動かない敵を睨んだまま耐える戦など、攀安知は好まなかった。城の中でじっとしていると、躰がどうにかなりそうだった。
「俺が行くぞ」
「そう申されると思うておりました」
 二人のやり取りに、誰も口を挟むことができない。
「ならば、城の守りは某が引き受けましょう」
「其方しかおるまい」
 抽(ぬき)んでた武勇を有する平原以外に、城を任せられる者はいない。
「敵は大軍じゃ。城にはあまり残してやれぬぞ」
「某に万事御任せあれ」
「敵が動く前に出るぞ」
 軍議は決した。
 戦時である。準備は必要なかった。攀安知が出ると言えば、すぐに兵は城門の前に結集する。半刻後の集結を命じた後、城の守廓の脇にある石の前へと向かった。父祖がこの城を手に入れた頃より崇(あが)めている神石である。攀安知はなにか重大な事があるたびに、この石の前にひざまずき吉兆を祈った。
「武運を何卒……」
 深く頭を垂れ、神石に祈る。その身は紅に塗られた鎧に包まれていた。心の底まで神石への尊崇で満たし、小さな呼気を勢いよく吐く。そして、神石に背を向けるように立ち上がった。
「行くぞ」
 近臣たちへ告げ、城門へと向かった。今帰仁城の正門である平朗門(へいろうもん)の先には、もうひとつ広大な外廓がある。その廓の先の門から向こうに、敵がひしめいていた。平朗門を抜けると、すでに外廓には兵たちが集結していた。

プロフィール

矢野 隆(やの・たかし) 1976年生まれ。福岡県久留米市出身。
2008年『蛇衆』で第21回小説すばる新人賞を受賞する。以後、時代・伝奇・歴史小説を中心に、多くの作品を刊行。小説以外にも、『鉄拳 the dark history of mishima』『NARUTO―ナルト―シカマル秘伝』など、ゲーム、マンガ作品のノベライズも手掛ける。近著に『戦始末』『鬼神』『山よ奔れ』など。

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