よみもの・連載

城物語

第三話『裏切りの城(今帰仁城)』

矢野 隆Takashi Yano

「ならば某だけを御呼びになられれば良かったのじゃ」
 三人の按司が首を傾げる。構わず真牛は続けた。
「手薄なのは城の東の断崖にござる。急ではござるが、知った者ならば登れぬこともない」
「そうか」
「某が案内仕ろう」
 三按司が一斉に驚いた。
「ま、真牛殿が行かずとも」
 羽地按司が首を左右に振る。
「尚巴志殿が参られると申すのじゃ。某が行かねばなるまい」
 真牛の決意を揺るがすことは、三人の按司にはできなかった。

 夜陰に乗じて崖を登る。敵はもちろんのこと、味方にも知られてはまずい。真牛と尚巴志は息を殺して、一番手薄な場所を登る。何故手薄であるか。崖が険阻であるからだ。踏み外せば地面に真っ逆さま。わずかなりとも油断ができない。
「この岩にござります」
 己が右足を突き出た岩に着けながら、真牛は下方に声を投げた。右足が岩から離れるとすぐに、尚巴志の手がその岩をつかむ。そうやってひとつひとつの足場を己が手足で示しながら、尚巴志を導いて行く。
 ふと思う。
 このまま尚巴志の頭を蹴って、突き落としたらどうなる。如何に中山の英雄だとはいえ、この場所から蹴り落とされたら命は無い。己が尚巴志の命を握っている。そう思うと、真牛の心に邪悪の影が射す。今さら北山に戻るつもりもない。が、この男に仕えると決めた訳でもない。
 たいして疲れてもいないのに、息が荒れる。
「ここでお前に蹴られたら、間違いなく死ぬな」
 不意に下から聞こえてきた声が、真牛の心を貫いた。高鳴っていた鼓動が、一瞬止まる。完全に虚を衝かれた。
 偶然か。
 それとも悟ったのか。
「蹴るなよ真牛」
 陰鬱な声が闇から迫(せ)り上がってくる。
 気付いている……。
 確信ではないが、そう思わせるだけの圧が漂って来ていた。真牛は答えの言葉を口にせず、ただ淡々と崖を登る。
 石垣を登りつめた先に、見張りはいなかった。城内に点々と人影があるが、さほどの人数ではない。
 真牛は易々(やすやす)と城内に忍び込んだ。
「会いたい男がいる」
 後ろを付いて来る尚巴志が、抑えた声で語りかけてくる。
「攀安知にござるか」
「いや、平原という男だ」

プロフィール

矢野 隆(やの・たかし) 1976年生まれ。福岡県久留米市出身。
2008年『蛇衆』で第21回小説すばる新人賞を受賞する。以後、時代・伝奇・歴史小説を中心に、多くの作品を刊行。小説以外にも、『鉄拳 the dark history of mishima』『NARUTO―ナルト―シカマル秘伝』など、ゲーム、マンガ作品のノベライズも手掛ける。近著に『戦始末』『鬼神』『山よ奔れ』など。

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