よみもの・連載

城物語

第三話『裏切りの城(今帰仁城)』

矢野 隆Takashi Yano

「ふんっ」
 冷笑を浮かべ、尚巴志が声を吐く。
「そういうことは口にするな」
 尚巴志は続ける。
「言葉や槍を交えれば、人は相手を知った気になる。しかしそれは気になるだけだ。俺がどういう男か、この戦で知ればよい」
 小男が床几に腰を下ろした。
「御主(おぬし)は悪くはない」
 己を見上げる視線を受け、真牛は思わず仰(の)け反る。銘刀の切っ先を、喉元に突きつけられたような気がした。
「其方の力を借りねばならぬ時が必ず来る。それまではしばらく、俺の戦を見ておれ」
「承知仕りました」
 尚巴志の闇が、己を飲みこんでゆく幻影を、真牛は脳裏に思い浮かべていた。

 尚巴志の愚直な攻めは五日ほど続いた。冷静になってやり様を見ていると、味方を敵の矢に晒(さら)してはいるが、驚くべきことに死人はさほど多くない。派手な攻めとやられ方に騙されてはいるが、頃合いを見てしっかりと退いているし、兵たちも迅速な動きを骨身に叩き込まれているようだった。
「其方等を呼んだのは他でもない」
 尚巴志の寝所である。真牛の他に場にいるのは、羽地、国頭、名護のもともと北山に従っていた三按司だけであった。
「城の守りが手薄な場所を知りたい」
 単刀直入に尚巴志が問う。すると、咳払いをひとつして羽地按司が口を開いた。
「それは、どういう……」
「今宵、忍び込む」
 歯に物が挟まったような物言いをした羽地按司とは正反対に、尚巴志は簡潔な答えを返した。目を丸くして羽地按司が問う。
「そ、そは何者かを遣わせるという……」
「俺が行く」
 行きたいと思っている。ではなく、行くであった。尚巴志が城に忍び込むのはすでに決まっているのだ。
 真牛はたまらず笑った。
「おかしいか真牛殿」
 尚巴志の紫の唇が吊り上がる。二人を疑いの眼差しで見ながら、羽地按司が言葉を重ねた。
「ほかの按司の方々は、御存知なのでしょうや」
「言ったら止められる。故に御主等だけを呼んだ」
 大声で笑い、真牛は膝を叩いた。わざと大仰に構えている。そうしなければ尚巴志の闇に取り込まれそうな気がした。
 真牛は胸を張り、尚巴志を真っ直ぐに見つめながら、想いの丈を口にする。

プロフィール

矢野 隆(やの・たかし) 1976年生まれ。福岡県久留米市出身。
2008年『蛇衆』で第21回小説すばる新人賞を受賞する。以後、時代・伝奇・歴史小説を中心に、多くの作品を刊行。小説以外にも、『鉄拳 the dark history of mishima』『NARUTO―ナルト―シカマル秘伝』など、ゲーム、マンガ作品のノベライズも手掛ける。近著に『戦始末』『鬼神』『山よ奔れ』など。

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