よみもの・連載

城物語

第三話『裏切りの城(今帰仁城)』

矢野 隆Takashi Yano

 避ける暇を与えられぬ攀安知は、やっとのことで斬激を受け止めている。衝撃が躰の芯を左右にぶらしているから、馬上に留まっているだけでやっとという状況であった。
 不意に躰が軽くなる。
 己は今なにをしているのか。
 気が遠のく。
 長いこと息を止めていたのだから当然だ。
 剣が止まり、真牛の躰がゆらりと揺れた。それを待っていたかのように、攀安知の剣が喉を突きに来る。
 間に合わない。
 遠のく意識のなかで、上体を後ろに逸らせた。
 と……。
 躰の重さを支えきれずに、鞍から転げ落ちた。地面に頭を叩きつけた衝撃で正気に戻り、素早く片膝立ちになり、剣を構える。銀色の閃光が頭へと迫っていた。
「攀安知様ぁっ」
 何者かが叫び、剣が止まった。攀安知が真牛から目を背け、背後を見ている。
「平原っ」
 手綱を握って攀安知は馬首を返した。
「戻るぞっ」
 真牛には目もくれず、攀安知は城に向かって走りだした。片膝立ちのまま、攀安知が消えていった方へと目を向ける。
 敗けていた……。
 真牛は悔しさに押し潰されそうになりながらも、全軍に追撃を命じた。

       *

 混戦のなかで撤退を命じた攀安知は、誰よりも先に城門へと戻った。敵はまだ背後にいる。攻め寄せられた気配はない。ならば、あの黒煙は何なのか。嫌な予感を抱きながら、攀安知は叫んだ。
「平原っ」
 門の脇に立つ櫓(やぐら)の上から、平原が見下ろしている。
「どうしたっ。奇襲かっ」
 攀安知は怒鳴る。攻められたとすれば、伏兵以外に考えられない。しかし平原のあの余裕はなんなのか。冷酷な目付きで攀安知を見下ろしている。
「門を開けろっ」
「この期に及んでまだそのようなことを申されておるのか」
 平原の言葉が攀安知の背筋を寒くさせる。
「攀安知殿は人を信じ過ぎると、あれほど申したではありませぬか。某に城を任され、みずから飛びだされたのが運の尽きにござる」
「裏切ったか平原っ」
「中山の尚巴志は、攀安知殿が思うておるような潔き男ではござらぬっ。天下を治める者は、斯様な者かと某は思い申した」
「会ったのかっ、尚巴志にっ」
 何時だ。
 いくら考えても二人が会う機会は見当たらない。

プロフィール

矢野 隆(やの・たかし) 1976年生まれ。福岡県久留米市出身。
2008年『蛇衆』で第21回小説すばる新人賞を受賞する。以後、時代・伝奇・歴史小説を中心に、多くの作品を刊行。小説以外にも、『鉄拳 the dark history of mishima』『NARUTO―ナルト―シカマル秘伝』など、ゲーム、マンガ作品のノベライズも手掛ける。近著に『戦始末』『鬼神』『山よ奔れ』など。

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