よみもの・連載

城物語

第三話『裏切りの城(今帰仁城)』

矢野 隆Takashi Yano

「山原の北山と違い、中山は人が多い。新たな兵には困らん。どこまでも戦う。攀安知を仕留めるまでな」
 尚巴志の小さな躰に殺気が満ち満ちている。
「今、答えろ」
「こ、断れば」
「解っているだろ」
 真牛の刃を尚巴志が見た。平原の喉仏が激しく上下する。
「わ、解った」
「お前が裏切らずともこの城は落ちる。それを忘れてはならんぞ」
 満足げな笑みをひとつ浮かべ、尚巴志が言うのを、真牛は固唾を呑みながら聞いた。

        *

 数日の力攻めから一転、敵は陣を深く下げ、押し黙った。睨み合いの沈黙のなか数日が経ち、城兵たちにも苛立ちが見え始めている。攀安知も焦り始めていた。敵は城外。彼らのなかには近隣の按司たちもいる。いくらでも補給を受けることができた。対して、こちらは蟻一匹すら這い出ることのできない城内である。時が経てば兵糧が尽き、もろとも飢え死にだ。
「討って出るしかありますまい」
 城に籠る諸按司を集めての軍議の席で、口火を切ったのは平原であった。攀安知は勇猛な家臣に視線を向け、先をうながす。すると平原は、細い目をさらに細めて、ゆっくりと話し始めた。
「こちらの守りが堅いと見るや、敵は無理に落とすことを止め申した。このままではいずれ兵糧が尽きまする。それを待つつもりかと」
「そのような小賢(こざか)しい真似をするような男ではないと思うたがな」
 攀安知は尚の軍旗を思い浮かべる。愚直なまでに城壁に向かって攻めて来た尚巴志と、平原が語る敵の姿が上手く重ならない。黙ったままの諸按司を眺めてから、攀安知は続けた。
「敵が動かぬのは、策のためではないかと俺は思うがな」
「策とは」
「それは解らぬ。が、俺にはそう思える」
 無理なこじつけで敵の策を言い当てても仕方がない。決めつけてしまえば頭が固まる。敵が思った動きをしなかった時、全軍に乱れが生じることになる。そのような愚行を犯すくらいなら、はじめから解らぬと言って放り投げていたほうが良い。
「ならば御聞きいたしますが」
 平原の声にわずかな邪気がある。解らぬと言い放った攀安知に、怒りを覚えているようだった。勇ましい男の酷薄な目を、攀安知は笑みを浮かべて見つめる。
「申せ」

プロフィール

矢野 隆(やの・たかし) 1976年生まれ。福岡県久留米市出身。
2008年『蛇衆』で第21回小説すばる新人賞を受賞する。以後、時代・伝奇・歴史小説を中心に、多くの作品を刊行。小説以外にも、『鉄拳 the dark history of mishima』『NARUTO―ナルト―シカマル秘伝』など、ゲーム、マンガ作品のノベライズも手掛ける。近著に『戦始末』『鬼神』『山よ奔れ』など。

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