よみもの・連載

城物語

第三話『裏切りの城(今帰仁城)』

矢野 隆Takashi Yano

 勝ち誇ったように笑う平原の背後で、黒煙が天へと昇っている。蒼天を汚すように、黒い染みが広がってゆく。
「城に御入れする訳には行きませぬ。生き残るには、背後の敵を破るしかござりませぬぞ」
「平原、貴様ぁ」
「これでもまだ、某を御信じになられますかな」
 信じられる訳もない。が、平原を信じた己に後悔はなかった。悪いのは、北山の勝利を平原に信じさせられなかった自分自身だ。
「さぁ、背後に敵が迫っておりますぞ」
 反転し、尚巴志の兵を斬り裂き活路を見出すか。それとも門を破って城を取り戻し、ふたたび籠るか。
 生きる道は何処にある……。
 攀安知は目を閉じ、天を仰いだ。鼻から大きく息を吸い、ゆっくりと吐きだす。
 腹は定まった。
 後詰(ごづめ)無き城に未練はない。いっそ、目の前を塞(ふさ)ぐ大軍を真一文字に斬り裂き、首里へと攻め上ろうではないか。
 馬を転じ、追ってくる己が兵たちへ、再度の突撃を命じようと目を開いた時である。城中で喊声が上がり、櫓の上に立っていた平原の胸から刃が突きだした。
「なっ」
 口から鮮血をまき散らしながら、平原が信じられぬといった様子で背後を見た。甲冑(かっちゅう)に身を包んだ家臣が、攀安知へと叫ぶ。
「謀反人、平原を討ちましてござります。奴の一党もただいま討伐いたしております。さぁ、中へっ」
 男の叫びと門が開くのは同時だった。
 攀安知は入ることをためらう。後詰の無い城への未練は捨てた。
「敵が迫っておりまするっ。さぁ中へっ」
 櫓の上から叫ぶ家臣に背を向け、城外で戦っていた兵たちを見た。
 全軍突撃……。
 命じようとした攀安知は己が目を疑った。混戦を脱した者たちが、我先にと門を潜ろうとしている。
「待て」
 攀安知の叫びは兵たちの耳には届かない。
「さぁ王も中へっ」
 誰かが言った。手綱を握られて城中へと引っ張られているのだが、人の波の中で誰の腕なのかが解らない。
「止めろっ」
 誰のものか解らぬ腕に叫ぶ。奔流が攀安知を城へと押し戻してゆく。
 敵が門へと到達し、扉が閉じられる。半数あまりの味方が、城外に取り残された。
「御無事でなによりでございました」
 先刻平原を討った男が、胸を張りながら攀安知の前にひざまずいた。
「城に籠ってもうひと戦……」
 言い終わらぬ男の顔を蹴りつけた。主(あるじ)が何故怒っているのか解らない男は、動転する目を攀安知に向ける。
 兵を半数以上失い、この城が持つ訳がない。
 道は完全に途絶えた。

プロフィール

矢野 隆(やの・たかし) 1976年生まれ。福岡県久留米市出身。
2008年『蛇衆』で第21回小説すばる新人賞を受賞する。以後、時代・伝奇・歴史小説を中心に、多くの作品を刊行。小説以外にも、『鉄拳 the dark history of mishima』『NARUTO―ナルト―シカマル秘伝』など、ゲーム、マンガ作品のノベライズも手掛ける。近著に『戦始末』『鬼神』『山よ奔れ』など。

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