連載
城物語
第三話『裏切りの城(今帰仁城)』 矢野 隆 Takashi Yano

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「堅き守りではないか」
 散々に射かけられて倒れてゆく味方の兵をはるか後方から見つめ、総大将の尚巴志が、ぼそりと言った。真牛はそれを、脇に控えて淡然と聞いた。
 一代の英傑……。
 尚巴志のことを知る誰もがそう言う。
 南山の佐敷(さしき)按司の子として生まれた尚巴志は、島添大里(しましいおおさと)城を攻め、南山王を追い遣り勢力を拡大した。その勇名は、たちまち民にも広がり、絶大な信望を得、それを伝え聞いた中山の重臣たちに担がれて、浦添(うらそえ)城にあった中山王を討つ。その後、首里(しゅり)に居を移した彼は、父を中山王に据え、臣下として今も前線にいる。抜群の武功を数多く上げながら、それでもみずからは王とならず、父を立てる。その姿に中山以南の民や按司たちは、すっかり魅了されていた。
 今や尚巴志の名を知らぬ者は、琉球にはいない。
 しかしである。
 実際に間近で見る尚巴志は、ただの小男である。真牛の胸ほどしかない背丈で床几(しょうぎ)に座っているから、余計に縮こまって見える。そんな矮小(わいしょう)な男が、散々に倒されている味方を見ながら暗い笑みを浮かべているのだ。怒りを通り越して呆れすら感じる。しかし尚巴志に従っている中山の按司どもは、この呑気な様を見て同じように笑っていた。味方が死んでいるこの状況のなにがそんなに楽しいのか。真牛は叫びたくなるのを必死にこらえていた。
「どうした真牛殿」
 暗い目で真牛を見ながら、尚巴志が尋ねる。うっかりすると聞き逃してしまいそうなほど、小さな声だった。
「退却の下知は早めに……」
 そこまで答えて歯を食いしばった。顳顬(こめかみ)が異様なまでに盛り上がっているのを、尚巴志は目聡(めざと)く見つけたようである。
「真牛殿はこの攻めを、無益であると思われておるようだな」
「いたずらに兵を死なすは、将の為(な)すべきことでは」
「ござらぬな」
 尚巴志は言って、鼻で笑った。真牛との間に流れる不穏な気配を悟り、ほかの按司たちが黙って成り行きをうかがっている。その中でも、ともに北山を裏切った羽地按司らの顔の引き攣(こ)り方は尋常ではなかった。
 剣呑な場の空気など意にも介さず、尚巴志は平然と言う。
「真牛殿にはこの進軍が、いたずらに兵を死なせておるように見えるか」
 それ以外になにがあるというのか。西方のみが開けている今帰仁城を、西から攻めている。城壁の上に弓兵が展開し、迎え撃つ態勢は万全だ。尚巴志は敵に弓で応戦する訳でもなく、いきなり徒歩の兵を押しだしたのである。これでは敵の思う壺だ。兵を無駄死にさせる愚行ではないか。



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〈プロフィール〉
矢野 隆(やの・たかし)
1976年生まれ。福岡県久留米市出身。
2008年『蛇衆』で第21回小説すばる新人賞を受賞する。以後、時代・伝奇・歴史小説を中心に、多くの作品を刊行。小説以外にも、『鉄拳 the dark history of mishima』『NARUTO―ナルト―シカマル秘伝』など、ゲーム、マンガ作品のノベライズも手掛ける。近著に『戦始末』『鬼神』『山よ奔れ』など。
Back number
第七話『姉の背中(白石城)』
第六話『民次郎の義(弘前城)』
第五話『士道の行く末(五稜郭)』
第四話『憎しみの城(長谷堂城)』
第三話『裏切りの城(今帰仁城)』
第二話『天命を待つ(萩城)』
第一話『戦人の城(伊賀上野城)』