よみもの・連載

城物語

第六話『民次郎の義(弘前城)』

矢野 隆Takashi Yano

 足早に仲間たちが民次郎と作太郎を越え、門へと急ぐ。
「気付かれたみてだ」
「もう止まれね」
「んだ、儂等が止めても、もう誰も従わね」
 視線を交わし、うなずきあい、民次郎と作太郎は賀田門へと突き進む。
 門が内側から開き、侍たちが出てきた。
「先頭におるのは郡奉行(こおりぶぎょう)様だべ」
 作太郎がつぶやいた。
 すでに民次郎たちを追い抜いた者たちが門に殺到している。
 侍たちの中央で血相を変えて怒鳴っている男の顔に、民次郎も見覚えがあった。作太郎が言うとおり、郡奉行の工藤仁右衛門である。
「手ぇ出すでねぞっ」
 作太郎が老いた喉を震わせて叫ぶ。民次郎も続いて手出し無用とみなに告げた。
 侍たちを傷付ければもはやそれは暴徒である。訴えが聞かれることはない。一人残らず討ち取られ、鎮圧されて終わりだ。
 民次郎たちは百姓の窮状を訴えるために集まったのである。相手を害するような物は所持してはならぬと、すべての庄屋たちから厳しく伝えてあった。
「筵旗を血で汚しちゃなんねっ」
 みなを信じて民次郎は叫ぶ。
 怒号を上げながら侍たちを押し退(の)けて門へと殺到する者たちを民次郎は訴状を抱きながら見守る。
「鎮まれっ、鎮まらぬかぁっ」
 郡奉行、工藤仁右衛門の悲鳴じみた声がまだ明けきらぬ弘前の曇天に響き渡る。
「へば」
「頼んだじゃ」
 作太郎に小さく頭を下げ、民次郎は門に殺到する仲間たちへと足をむける。熱に浮かされ前へ前へと進まんとする人ごみを掻(か)き分けながら門へとむかう。
 懐中の訴状が熱く燃えていた。

プロフィール

矢野 隆(やの・たかし) 1976年生まれ。福岡県久留米市出身。
2008年『蛇衆』で第21回小説すばる新人賞を受賞する。以後、時代・伝奇・歴史小説を中心に、多くの作品を刊行。小説以外にも、『鉄拳 the dark history of mishima』『NARUTO―ナルト―シカマル秘伝』など、ゲーム、マンガ作品のノベライズも手掛ける。近著に『戦始末』『鬼神』『山よ奔れ』など。

Back number