よみもの・連載

城物語

第六話『民次郎の義(弘前城)』

矢野 隆Takashi Yano

 青ざめた顔をした奉行が、三郎左衛門を見た後に、土壇場の脇に置かれた筵に視線を送る。盛り上がった筵の脇に、下人たちが立っていた。
 三郎左衛門は書状を放り投げ、筵へと駆け寄る。
 筵の右の方が血で染まっていた。
「民次郎……」
 ひざまずく。
 筵に手をかけた。
 首のない骸(むくろ)が寝ている。
 思わず引き寄せ抱きしめていた。
「御主は筵旗を血で汚さなかったではないか……」
 血に染まった筵とともに、三郎左衛門は冷たくなった民次郎を力いっぱい抱きしめる。そして、腰に差していた脇差を抜いた。それは、民次郎が捕えられる際に差し出した物である。
 民次郎を寝かせ、手を組ませてやった。
 脇差を冷たく硬くなった手に握らせてやる。
 雨……。
 天の涙が脇差を濡らす。
 柄頭のなかで蜻蛉が泣いていた。

 徳川幕府史上、前代未聞の三年間の免税を勝ち取ったこの一揆は、後に民次郎一揆と呼ばれるようになる。
 この一揆で筵を汚したのは、民次郎の凄烈な血潮のみであった。

プロフィール

矢野 隆(やの・たかし) 1976年生まれ。福岡県久留米市出身。
2008年『蛇衆』で第21回小説すばる新人賞を受賞する。以後、時代・伝奇・歴史小説を中心に、多くの作品を刊行。小説以外にも、『鉄拳 the dark history of mishima』『NARUTO―ナルト―シカマル秘伝』など、ゲーム、マンガ作品のノベライズも手掛ける。近著に『戦始末』『鬼神』『山よ奔れ』など。

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