連載
城物語
第六話『民次郎の義(弘前城)』 矢野 隆 Takashi Yano

 仁右衛門を止めた雄叫びが、周囲の百姓たちの目を三郎左衛門にむける。門を開かんとして前に進んでいた者たちの足が止まった。
 みなを睥睨(へいげい)してもう一度、裂帛(れっぱく)の気を込めた言葉を吐く。
「悪いようにはせぬ故、道を開けよっ」
 さっと道が割れた。
 三郎左衛門は馬腹を蹴って、群衆が割れてできた道を進む。
 門が見えてきた。
「山本殿ぉぉ」
 馬を見つけた仁右衛門が眉を八の字にして叫ぶ。
 口を真一文字に引き結び、三郎左衛門は門へと進む。
 睨(にら)み合う番士と百姓たちの間に割って入り、門に背をむけた。
 怒号は止まない。みなが好き勝手に叫んでいるから、なにを言っているのか解らなかった。検見だの凶作だの、端切れとなって舞う言葉が重なりあっていくつも聞こえてくる。
 苛立(いらだ)ちが言葉となって弾けた。
「みだりに喚(わめ)いたところで何も通じぬぞっ。申したきことがあるならば、拙者(せっしゃ)の前に進み出て申してみよっ」
 声に敵を貫く気迫をこめた。死を恐れる者は口を閉ざす。群衆が一瞬、声を失った。そのわずか後に、先刻までの怒号とは一変したざわめきが方々から聞こえはじめる。
「静かにすべっ」
 老若男女入り交じる群れのなかから老いた声が飛ぶと、百姓たちは大人しくなった。どうやら首謀者だったらしい。
 三郎左衛門は目の前に現れるであろう翁(おきな)を待つ。
 が……。
 衆を掻き分け現れたのは、若き男だった。
「手向かいしだはんで、私達(わんど)の願い、お聞き届けくだせぇ」
 言いながら若者は、三郎左衛門に近づいてくる。槍も馬も恐れずに、馬上の三郎左衛門を見つめながら一歩一歩踏みしめるように歩く。その瞳に宿る光は、愚者のそれではない。分別も理も弁(わきま)えた智者の輝きがあった。
「それ以上近寄ると容赦せぬぞ」
 威(おど)しの言葉とともに、手で槍を回して穂先を若者にむける。しかし若者は止まらず、切っ先の寸前まで近づいてひざまずいた。
 百姓にしておくには惜しい胆力である。この若者の度胸に比べれば、仁右衛門のなんと情けないことか。
「これをどうか御上(おかみ)に」
 言った若者が懐から訴状を取り出した。
「徒党を成しての強訴など罷(まか)りならん。申したき儀があれば、奉行所に訴え出よ」
「どうか」
 穂先を恐れずに、若者はぐいと身を乗り出して訴状を掲げる。
 殺すには惜しい……。
 三郎左衛門の心がそうささやいていた。武人は相対する敵を一瞬で見抜く。三郎左衛門の武勇が、眼下の若者を一見のうちに認めていた。
「ならぬと申しておろう。退がれ」
「お願ぇします」
 顔を上げ、みずから喉を切っ先に触れさせながら若者が訴状を掲げる。
 この命を捧げるから訴状を御上に届けてくれ……。
 うっすらと涙をにじませた若者の瞳がそう語っていた。



 
〈プロフィール〉
矢野 隆(やの・たかし)
1976年生まれ。福岡県久留米市出身。
2008年『蛇衆』で第21回小説すばる新人賞を受賞する。以後、時代・伝奇・歴史小説を中心に、多くの作品を刊行。小説以外にも、『鉄拳 the dark history of mishima』『NARUTO―ナルト―シカマル秘伝』など、ゲーム、マンガ作品のノベライズも手掛ける。近著に『戦始末』『鬼神』『山よ奔れ』など。
Back number
第七話『姉の背中(白石城)』
第六話『民次郎の義(弘前城)』
第五話『士道の行く末(五稜郭)』
第四話『憎しみの城(長谷堂城)』
第三話『裏切りの城(今帰仁城)』
第二話『天命を待つ(萩城)』
第一話『戦人の城(伊賀上野城)』