よみもの・連載

城物語

第六話『民次郎の義(弘前城)』

矢野 隆Takashi Yano

「十七日、十八日の評定の後、十月二十一日、寧親様御自ら、木造(きづくり)新田へ検見にむかわれた。それにともない領内全域も重臣たちによって検見が行われた。二十四日に城に戻られた寧親様は、ただちに米四万俵の供出を命じられた。そして……」
 三郎左衛門が口籠った。
 四万俵の援助があれば民はかなり楽になる。民次郎は寧親の決断に感謝した。
 が……。
 三郎左衛門は口を閉ざしたままだ。
 四万俵と引き換えに、百姓たちを苦しめる条件が出されでもしたのか。民次郎は三郎左衛門の言葉の先をうながすように、顔を上げて武人の目を見た。
 赤く染まっている。
 泣いているのか。
 口を固く結んで肩を震わす三郎左衛門が、民次郎の視線を受け止めて深くうなずいた。そして丸い鼻から大きく息を吸って、腹を定めるようにして言葉を吐く。
「むこう三年、年貢を免ずると寧親様は仰せになられたそうだ」
「さ、三年……」
 今度は民次郎が言葉を失う番だった。
 三年もの免税など聞いたことがない。
「津軽の民は死なずに済むぞ」
 言った三郎左衛門が堪(こら)え切れずに嗚咽(おえつ)を漏らした。民次郎は身を乗り出して格子をつかんだ。
「誠でごぜぇますか」
 三郎左衛門が片膝立ちになり格子をつかんだ。そして力強くうなずいた。
「誠じゃ。御主たちの想いが、殿に伝わったのじゃ」
「良(え)がった……」
 民次郎は泣いた。閉じた瞼の間から涙が溢(あふ)れでる。言葉にならない声が荒い息とともにこぼれた。これほど感情をあらわにしたのは、代庄屋になってから初めてのことだった。
「民次郎」
 泣きじゃくる民次郎に三郎左衛門が語りかける。
「御主は首謀者だと頑強に申しておるようじゃが、年少の御主に三十人もの庄屋をまとめられはすまい。御主は作太郎を庇(かぼ)うておるのであろう」
 涙を止めて三郎左衛門をしっかりと見据える。
「わいが首謀者にごぜぇます」
 これだけは譲れない。
 民次郎が歩む道の行く末は、この答えの先にしかないのだから……。

プロフィール

矢野 隆(やの・たかし) 1976年生まれ。福岡県久留米市出身。
2008年『蛇衆』で第21回小説すばる新人賞を受賞する。以後、時代・伝奇・歴史小説を中心に、多くの作品を刊行。小説以外にも、『鉄拳 the dark history of mishima』『NARUTO―ナルト―シカマル秘伝』など、ゲーム、マンガ作品のノベライズも手掛ける。近著に『戦始末』『鬼神』『山よ奔れ』など。

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