よみもの・連載

城物語

第六話『民次郎の義(弘前城)』

矢野 隆Takashi Yano

「殿は訴状に記されておることは真かと笠原殿に問われた」
「上席家老はなんと」
 三郎左衛門が問うと、頼母は鼻に皺を寄せて嫌な顔をしてから答えた。
「蝦夷地警護、十万石昇格、天守閣建築さらにそれまで行っておった新田開発における出費によって、重税は避けられぬ事態であり、それはこれからも変わらぬものと、堂々と申されたわ」
 寧親は餓えに苦しむ百姓たちのために、新田開発を精力的に行ってきた。だがそれも、蝦夷地警護などによって中断を余儀なくされた。
「さすがに儂も黙っておれなんだ」
 肩をすくめて一度笑ってから頼母は続ける。
「城に押し入って殿に訴状を渡そうとするほどに、百姓たちは切羽詰まっておる。民を疎(おろそ)かにして領国を保てるわけがない。郡奉行やそれに仕える者たちのなかには、年貢を横流しし私腹を肥やしておる者もおると聞く。それを見逃し、重税ばかりを強いるのはあまりにも愚策であるとな」
 会議の席での頼母の毅然(きぜん)とした態度が目に浮かぶ。三郎左衛門は気骨のある城代家老に問う。
「百姓たちの願いは聞き届けられまするか」
「まだわからん」
 鼻から溜息を吐いてから、頼母が問う。
「御主に訴状を渡した者は、まだ若かったそうだな」
「はい」
 民次郎……。
 よき若者であった。
「其奴(そやつ)が首謀者か」
「わかりませぬ。民次郎が某(それがし)の前に現れる前に、群衆のなかから老いた男の声がしました。それが聞こえるとみなが黙り、その後、民次郎が現れ申した」
「そうか」
 頼母が腕を組んだ。
「まだ百姓たちに対する沙汰は出ぬが、とにかく連判状に名のあった者たちは捕えねばならぬ」
 徒党を組み城内に乗り込んだ上の強訴だ。無事で済むわけはない。
「民次郎と申すその若き庄屋の捕縛……。御主に行ってもらいたい」

プロフィール

矢野 隆(やの・たかし) 1976年生まれ。福岡県久留米市出身。
2008年『蛇衆』で第21回小説すばる新人賞を受賞する。以後、時代・伝奇・歴史小説を中心に、多くの作品を刊行。小説以外にも、『鉄拳 the dark history of mishima』『NARUTO―ナルト―シカマル秘伝』など、ゲーム、マンガ作品のノベライズも手掛ける。近著に『戦始末』『鬼神』『山よ奔れ』など。

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