よみもの・連載

城物語

第六話『民次郎の義(弘前城)』

矢野 隆Takashi Yano

        *

 みなが泣いている。
 己のために泣いてくれている。
「有難ぇ」
 民次郎は柵のむこうに並ぶ顔をひとつひとつ見てゆく。
「っ」
 左右から人に圧(お)されながら、妻が民次郎を見ていた。その腕には娘が抱かれている。これほど周りが騒がしいのに、どうやらをん・・は寝ているらしい。我が娘ながら肝が据わっている。
 顔をくしゃくしゃにして妻が泣いていた。離縁の本当の理由には気付いているだろう。もはやなにも言うことはなかった。
 微笑みを投げ、妻にしかわからぬように小さく礼をする。
 その時、侍が書状を読み終わった。
「民次郎、なにか言い残すことはあるか」
 問われて一度、首を左右に振る。
「そうか」
 民次郎の背後に控える役人に、侍がうなずいた。
 妻に、作太郎たちに、三郎左衛門に、寧親に、そして津軽のすべての民に……。
 有難う。
 民次郎は感謝の念を込め、頭を垂れた。

        *

 取上刑場は群衆に包まれていた。その数は城に現れた百姓をゆうに超えている。
「上意じゃっ。道を開けよっ」
 頼母の使者から奪い取った書状を弓手(ゆんで)に掲げ、三郎左衛門は馬を駆る。
 一刻も早く民次郎を救わねばという一心で、三郎左衛門は駆けに駆けた。
「上意じゃっ。民次郎は救われるぞっ」
 その声に、百姓たちが道を開ける。しかし三郎左衛門を見上げる者たちの顔に、希望の光はなかった。泣いている者も多い。
 まだだ。
 まだ死ぬな。
「止めよっ。刑は取り止めじゃっ」
 奉行所の者たちに聞こえるように、刑場にむかって怒鳴りながら、割れた人の間を駆けてゆく。
 刑場が見えた。
 馬を降りてみずからの足で走った。
 柵の途切れた場所に棒を持って立つ番士に書状を示しながら、押し退けるようにして刑場に入る。
 民次郎はいなかった。

プロフィール

矢野 隆(やの・たかし) 1976年生まれ。福岡県久留米市出身。
2008年『蛇衆』で第21回小説すばる新人賞を受賞する。以後、時代・伝奇・歴史小説を中心に、多くの作品を刊行。小説以外にも、『鉄拳 the dark history of mishima』『NARUTO―ナルト―シカマル秘伝』など、ゲーム、マンガ作品のノベライズも手掛ける。近著に『戦始末』『鬼神』『山よ奔れ』など。

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