よみもの・連載

城物語

第六話『民次郎の義(弘前城)』

矢野 隆Takashi Yano

 庄屋たちの判決が下ったのは十一月二十五日のことである。民次郎たちが起ってから、ふた月あまり経っていた。
 三郎左衛門はこの日、頼母に呼ばれた。
「庄屋たちへの沙汰は儂に任された」
 民次郎を助けてくれということは、頼母にも伝えている。敬愛する頼母が下す沙汰だ。いかようなものであろうと、三郎左衛門は受け止めるつもりだ。
「してどのような沙汰を」
「死罪は民次郎ひとりじゃ」
「なっ」
「民次郎は斬罪。但し家屋敷は妻子に渡す」
「作太郎らは」
「彼の者は山田村の弥三右衛門とともに鞭打(むちう)ち三十のうえ永牢(えいろう)じゃ。それ以外は鞭打ちのうえ三里四方追放、居村(いむら)払い、戸締(とじ)めなどが十六人」
 あれだけの騒動を起こしたにしてはおしなべて罪が軽い。頼母の恩情が十分に感じられる沙汰だ。
 しかし。
 受け止めるつもりだったはずの沙汰だが、三郎左衛門はどうしても納得がゆかない。
「何故、民次郎一人が」
「彼の者が頑迷に首謀者であると申しておるのじゃ。斬罪は免れぬ」
「ですが」
 忘我のうちに脇差の柄頭に触れていた。
 民次郎は死んではならない。あの青年はかならず津軽の力になる男だ。四万俵の援助とむこう三年間の免税。寧親の英断によって百姓たちは生き残れる。そしてふたたび立ち上がることができるはず。その時、先頭に立つべきは民次郎なのだ。
「わかってやれ三郎左衛門」
 頼母の重い声が熱を帯びる心を射る。
「民次郎という代庄屋を儂は見たことはない。が、見ずともどういう男かは解る。訴状を受け取った御主がこれほどの執着を見せるのじゃ。よほどの者なのであろう。二十二という年が信じられぬ。が、そういう男であるからこそ、首謀者であると頑(かたく)なに申しておるのであろう。己一人が犠牲になり、民を救うつもりなのじゃ」
 そんなことは三郎左衛門にも解っている。それでも民次郎を死なせてはいけないのだ。
「彼の者以外に首謀者と名乗り出ておる者はおらん」
 作太郎を責めるつもりはない。唐傘連判とは本来そういうものだ。罪はみなで受ける。そのために首謀者の定まらぬ唐傘連判を作るのだ。
 もしかしたら民次郎ははじめから、己一人が犠牲になるつもりだったのではないのか。唐傘連判であることを逆手に取って、みずからが首謀者と名乗り出ると最初から決めていたのではないのか。
「民次郎一人が死ねば、首謀者を斬罪に処したということで我等の顔も立つ。我等は政を行う身じゃ。譲れぬ一線は、なにがあっても越えてはならぬ」
「承知しております」
「民次郎は百姓ではあるが、心根は武士ぞ。彼の者の本懐を遂げさせてやろうではないか」
「はっ」
 三郎左衛門は涙を見られぬよう、深々と頭を下げた。

プロフィール

矢野 隆(やの・たかし) 1976年生まれ。福岡県久留米市出身。
2008年『蛇衆』で第21回小説すばる新人賞を受賞する。以後、時代・伝奇・歴史小説を中心に、多くの作品を刊行。小説以外にも、『鉄拳 the dark history of mishima』『NARUTO―ナルト―シカマル秘伝』など、ゲーム、マンガ作品のノベライズも手掛ける。近著に『戦始末』『鬼神』『山よ奔れ』など。

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