第四章
楡周平Shuhei Nire
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「京都に、凄(すご)い占い師がいる」
噂は野火の炎のように広がり、一年も経(た)つと貴美子(きみこ)の下には政財界の重鎮たちが連日訪ねて来るようになった。
占いを始めて思い知ったのは、『人間、一皮剥(む)けば皆同じ』、それぞれの地位や名声に相応しい役を演じているだけに過ぎないということだ。
事実、見立てて欲しい内容は様々なれど、とどのつまりは己の願いが叶(かな)うか否か。己の将来に不安を抱いているという点では庶民と同じなのだ。
いや、むしろ権力や地位がある者ほど、不安は強いと言える。
なぜなら、権力や地位を手にした人間は、単に運に恵まれただけのことに過ぎないということを分かっているからだ。
だからこそ運に見放された時に恐怖を覚え、ここを訪ねてくるのだ。しかも、そのことごとくが的中するものだから、依存度は増す一方である。
「お疲れさま」
その日の占いを終えて居間に戻ってきた貴美子に、鴨上(かもうえ)が声をかけてきた。
「お迎えできなくて、ごめんなさいね。すっかり話が長くなってしまって……」
置き時計に目をやると、時刻は午後三時半になろうとしている。
易を立て始めたのは午後一時。長くとも一時間半程度で終わるのが常なのだが、今日の客は執拗(しつよう)に質問を繰り返すものだから、気がつけば二時間半の長丁場になっていた。
「今日の客は、確か――」
「八紘産業(はっこうさんぎょう)の杉下(すぎした)社長」
貴美子は先回りして答えた。
見立ての内容と、それに対する答えは、全て鴨上を通じて事前に知らされている。
「ああ、中継ぎ社長の件か……」
鴨上はうんざりした様子で顔を顰(しか)めた。
「化学製品の専門商社の老舗にして最大手だそうだけど、同族経営も大変ね。代を継がせようにも、長男はまだ二十九歳で若過ぎる。年齢的には親族の役員に適任者がいるけれど、自分亡き後、無事に大政奉還がなされるかどうか、今一つ信用できない……」
「自分亡き後? 杉下さんがそう言ったのか?」
- プロフィール
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楡 周平(にれ・しゅうへい) 1957年岩手県生まれ。米国系企業在職中の96年に書いた『Cの福音』がベストセラーになり、翌年より作家業に専念する。ハードボイルド、ミステリーから時事問題を反映させた経済小説まで幅広く手がける。著書に「朝倉恭介」シリーズ、「有川崇」シリーズ、『砂の王宮』『TEN』『終の盟約』『黄金の刻 小説 服部金太郎』など。