よみもの・連載

雌鶏

第四章

楡周平Shuhei Nire

 養子に出すなら、財力がある家に越したことはないという思いが先に立ち、相手が外国人だとは考えもしなかったが、言われてみればその通りだ。
 不意を突かれて言葉を失った貴美子に、鴨上は続ける。
「実際、戦争孤児や進駐軍の兵士と日本人女性の間に生まれた混血児が、養子として外国人にもらわれていった例は山ほどあるからね。欧米では養子を迎える家庭は珍しくはないと聞くし、国籍が変わってしまえば、子供の過去も詮索されることはないだろうからね」
 貴美子は、鴨上の指摘は間違ってはいないと直感した。
 米兵の母親。アメリカ人のシスター。外交官の娘が設立した施設。戦災孤児を迎え入れる施設に、なぜ勝彦が入所できたのか……。
 勝彦は外国人の養子になったとしか考えられない。
 瞬間、貴美子は胸中に、重く、暗い熱を発する塊が、爆発的に膨れ上がるのを感じた。
 それは、凄まじいばかりの怒りだった。長く心の奥底に秘めてきた、清彦に対する怒りだ。
「勝彦は、もう私の手の届かないところに行ってしまったんですね……」
 貴美子は震える声で漏らした。
「養子に出したからには、二度と会うつもりはなかったんだろ? 過去も消せるし、米軍の将官夫人と、外交官の娘が間に入っているんだ。きっと、裕福な家にもらわれていったんだろうね。やっぱり、君は運を持っているんだよ」
 私が運を持っている?
 馬鹿なことを言うなと、貴美子は罵(ののし)りたくなるのをすんでのところで堪えた。
 確かに養子に出したからには、勝彦とは二度と会うつもりはなかった。
 勝彦は母親が犯した罪、養子に出された経緯を知ってはならない。知れば勝彦が傷つくだけでなく、彼の将来を暗澹(あんたん)たるものにしてしまうと思ったからだ。
 散々思い悩んだ末に泣く泣く養子に出す決断をしたというのに、運を持っているだと?
 なるほど、アメリカは戦勝国だし、日本よりも格段に豊かな国ではあるだろう。だが、この国のどこかに我が子がいるのと、海を隔てた遠い異国のどこかにいるのとでは、格段の違いがある。二度と会わぬと誓っても、やはり違うのだ。
 清彦が約束を果たしてくれていたならば、今頃は親子三人で、知らない土地で再起を図り、平穏無事な生活を送っていたはずだったのだ。だからこそ、清彦が犯した罪を被り、刑務所に入ったのだ。なのに、あの男は約束を反故(ほご)にした。私を、勝彦を捨てたのだ。
 許せないと思った。

プロフィール

楡 周平(にれ・しゅうへい) 1957年岩手県生まれ。米国系企業在職中の96年に書いた『Cの福音』がベストセラーになり、翌年より作家業に専念する。ハードボイルド、ミステリーから時事問題を反映させた経済小説まで幅広く手がける。著書に「朝倉恭介」シリーズ、「有川崇」シリーズ、『砂の王宮』『TEN』『終の盟約』『黄金の刻 小説 服部金太郎』など。

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