よみもの・連載

雌鶏

第四章

楡周平Shuhei Nire

「夫人は来日してからも、その日曜礼拝ってやつを欠かさなかったようでね、そこでアメリカ人の修道女と知り会いになったらしいんだ」
「では、そのシスターが?」
「彼女は戦争孤児の姿を目の当たりにして、酷(ひど)く心を痛めたようで、孤児院設立の必要性をGHQに訴えた。そこで、後に創設者になった外交官の娘と知り合ったんだ」
 そこまで聞けば、その後の展開は想像がつく。
「では、母親が事件の経緯も含めて、私が妊娠していることをシスターに打ち明けた……」
「施設は君が出産する二年ほど前に開設されていて、母親から話を聞いた創設者も痛く同情してね。引き取ることを快諾したそうなんだ」
 そこで、鴨上は一旦話を区切ると、
「そうでもなければ、戦災孤児を収容する施設で、獄中出産の赤子の面倒を見てもらえるわけがないだろ?」
 貴美子に同意を求めてきた。
「そ、それは……」
 勝彦が入所した施設の名称は知らされていたが、設立の経緯は初めて聞いた。それに、実のところ貴美子は、釈放後も施設を一度も訪ねたことがなかった。
 その理由を話そうとしたのだが、それより早く鴨上は言う。
「それに、入所後程なくして養子に迎えたいという申し出があって、随分迷ったようだけど、最終的に君は同意したよね」
 養子の話が持ち込まれたのは、勝彦が四ヶ月になろうかという頃だった。
 出所後は勝彦を施設から引き取り、母子二人で暮らすつもりでいたのだが、散々悩み抜いた挙句、応じたのには理由があった。
「そりゃあ、悩みに悩み、考えに考え抜きましたよ。当たり前ではないですか。養子に出せば、子供と縁が切れてしまうんですからね。でもね、刑務所の担当官に言われたんです。『職を見つけようにも、前科が邪魔をする、しかも、あなたの罪状は殺人だ。経緯を知れば同情は得られるだろうが、雇うとなれば話は別だ。ロクな仕事には就けない。幼子を抱えてどうやって生きていくんだ。子供だって、殺人犯の息子と言われて生きていくことになるんだよ』って……」
 決断するまでの心情は、いくら話したところで他人に分かるものではない。
 唇を噛(か)んで沈黙する貴美子をじっと見詰めたまま、鴨上は黙って話に聞き入っている。
 そこで、貴美子は左の薬指をかざして見せると、
「確かに、その通りですよね。殺人の前科は、この指に入れた墨のように、生涯消すことはできません。一生背負っていかなければならないのですから」

プロフィール

楡 周平(にれ・しゅうへい) 1957年岩手県生まれ。米国系企業在職中の96年に書いた『Cの福音』がベストセラーになり、翌年より作家業に専念する。ハードボイルド、ミステリーから時事問題を反映させた経済小説まで幅広く手がける。著書に「朝倉恭介」シリーズ、「有川崇」シリーズ、『砂の王宮』『TEN』『終の盟約』『黄金の刻 小説 服部金太郎』など。

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