よみもの・連載

雌鶏

第四章

楡周平Shuhei Nire

「市場性が高くなればなるほど、製造元は販売会社に高い目標を課す。そしてアメリカの会社の年度目標は売上高ではなく、最終利益なのだそうだ。つまり、株式配当をいくらにするかが目標になるんだな。だから、何がなんでも、絶対に達成しなければならないものなんだ」
「なるほど、株主配当が目標ならば、達成できなければ社長は首になるかもしれませんものね。首になれば別の会社に転じようにも、声もかからないでしょうから、そりゃあ必死になりますわね」
「もちろん、日本市場での達成目標は八紘産業に課されることになる。となると、問題になるのは八紘産業の販売力だが、今回の場合、それ以前にこのアメリカの会社は、新素材の製造から製品化までを一貫して日本で行いたいと考えていることにあるんだ」
「詳しくは知りませんけど、商社って早い話が卸元でしょう? 製造を自社で行うことができるんですか?」
「やってやれないことはないだろうが、原材料の調達はできるとしても、工場を新たに設けるとなれば、莫大な資金が必要となるね」
「でも、それは全額八紘産業が負担するわけではないのでしょう?」
「この件に限ったことではないが、商売において持ちつ持たれつの関係が成立するのは、当事者間の力関係が均衡している時だけのことでね」
 鴨上の声が、冷え冷えとして聞こえるのは気のせいではあるまい。
 はっとなった貴美子に向かって、鴨上は続ける。
「八紘産業の売上高の三割以上は、この会社との取引によるものなんだ。しかも、この新素材を使った製品は極めて有望。新たに大きな市場を生むことになると言うんだな。この会社との間の商売で優位性を失っている八紘産業が、取引の継続は工場建設が条件だと言われたら、どうするかね?」
「そ、それは……」
 思わず口籠ってしまった貴美子に鴨上は言う。
「工場を建てるにしたって、まずは用地の確保から始まって、建屋の建設、製造機械の調達、設置、従業員だって新たに雇わなければならない。全て自前でやろうと思ったら、そこそこの規模の会社を一つ作るくらいの資金が必要になるんだ」
「それは、四葉だって同じじゃありません?」
「それが違うんだよ」
 鴨上は口の端を歪(ゆが)ませる。「四葉は旧財閥系の会社で、グループ内に四葉化学という会社を持っている。そこを使えば、短期間のうちに国内で製造を始めることは可能だし、販路の開発は四葉商事の本業だ。加えて、販売力は八紘産業の比ではない。それこそ、あらゆる産業分野を網羅しているからね」

プロフィール

楡 周平(にれ・しゅうへい) 1957年岩手県生まれ。米国系企業在職中の96年に書いた『Cの福音』がベストセラーになり、翌年より作家業に専念する。ハードボイルド、ミステリーから時事問題を反映させた経済小説まで幅広く手がける。著書に「朝倉恭介」シリーズ、「有川崇」シリーズ、『砂の王宮』『TEN』『終の盟約』『黄金の刻 小説 服部金太郎』など。

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