よみもの・連載

雌鶏

第四章

楡周平Shuhei Nire

「アメリカ人にとって『家族』は、何ものにも勝る大切な存在だそうでね。新しい家族を迎えるのは最大の慶事。それが息子の蛮行で台無しになってしまったことに、深い罪の意識を抱いたんじゃないかとね……」
「広島や長崎に原爆を落としたアメリカ人が、そんな考え方をするものなんですかね……」
 それでも、釈然としない思いは拭い去れない。
 ポツリと呟いた貴美子だったが、
「そうそう、君が産んだ子供の引き取り先についても、母親が深く関わったそうだよ」
 貴美子が固く封印してきた最大の関心事を、鴨上があまりにもさりげなく、かつあっさりと言ってのけるものだから、貴美子は固まり、声を上げることができなくなった。
 それでも一瞬の間の後、声を振り絞って鴨上に問うた。
「関わった?」
 獄中で生まれたのは男児で、貴美子は父親の名前から一文字取って、逆境に負けないようにという願いを込めて勝彦と名づけた。
 刑に服しながらの子育ては、子供と接する時間は僅かしかないし一年半という期限がある。刑期を終えるまでには、勝彦を誰かに託さなければならない時がきてしまうのだが、清彦は消息を絶ったままだし、両親も既に亡(な)い。
 妊娠中に担当の職員から、「ならば、施設に預けるしかない」と告げられてはいたのだが、日々成長していく我が子を目の当たりにしていると、愛(いと)おしさは増すばかりだ。
 このまま勝彦と過ごす日が長くなればなるほど、別れた時が辛くなる。誰かに託すことが避けられないのなら早いほうがいいのかもしれない……。
 身を裂かれるような辛く、苦しい決断だったが、貴美子は勝彦を施設に預けることにしたのだった。
「その米兵の母親が、どう関わったのですか?」
 続けて問うた貴美子に、鴨上は淡々とした口調で答える。
「君の子供を引き取ったのは、戦災孤児の面倒を見る施設でね。創設者は駐アメリカ公使を務めた外交官の父親を持つ娘で、日本政府、GHQの双方の支援を受けて開設に漕ぎ着けたんだ」
「日本政府にGHQ?」
 驚きのあまり言葉が続かなくなった貴美子に、鴨上は相変わらずの口調で続ける。
「キリスト教は世界中に信者がいるから、どこの国にも教会がある。信者は日曜日の朝に教会の礼拝に参加するのを習慣としているそうでね」
「日曜礼拝ですね」
 ミッション系の女学校で学んだ貴美子は、即座に相槌(あいづち)を打った。
「ああ……。君はそっち系の学校を出ていたんだったね」
 鴨上は、はたと思い出したように頷くと、続けて言う。

プロフィール

楡 周平(にれ・しゅうへい) 1957年岩手県生まれ。米国系企業在職中の96年に書いた『Cの福音』がベストセラーになり、翌年より作家業に専念する。ハードボイルド、ミステリーから時事問題を反映させた経済小説まで幅広く手がける。著書に「朝倉恭介」シリーズ、「有川崇」シリーズ、『砂の王宮』『TEN』『終の盟約』『黄金の刻 小説 服部金太郎』など。

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