よみもの・連載

雌鶏

第四章

楡周平Shuhei Nire

 鴨上は「アメリカ人は不思議、理解不能な考え方をする」と言ったが、これもまた全くその通りだ。被害者と言われた貴美子でさえ、実の息子を殺された母親が、そこまで寛容になれるものなのだろうかと首を捻らざるを得ない。
「そもそもの非が彼らにあるのは事実ですけど、親からすれば私は息子を殺した敵(かたき)ではないですか。特に母親にとって、子供は自分の分身なんです。我が身を挺(てい)してでも守らなければならない存在なのは、日本もアメリカも同じなはずなのに、重罪を科すなと進言するなんて、信じられませんわ」
「意向を聞かされたGHQも、驚いたんだろうな。父親と旧知の高官が理由を訊ねたというんだ」
「その理由とは?」
「君、宗教は?」
 鴨上は唐突に訊ねてきた。
「宗教? 熱心な信徒ではありませんが、うちは一応仏教徒ですけど?」
「一応か……」
 鴨上は苦笑を浮かべる。「母親は信仰に厚いらしくて、凶報を受けて教会に行き、胸の内の苦しみ、悲しみを洗いざらい神父に打ち明けたというんだ。どうも、その時神父から諭されたようでね」
 貴美子は、ますます母親の心情が分からなくなった。
 元々信仰心には厚くないし、清彦が犯した殺人の罪を被(かぶ)った挙句、捨てられてしまったのだ。信仰どころか、獄中生活の中では、神も仏もあるものかと何度思ったことか――。
「私には、理解できません……。どれほど信仰心が厚くとも、子供の命を奪った相手を許す気になるなんて、私にはとても……」
「アメリカ人にとっての宗教がどれほどのものか、君と議論したところで始まらないね。私はアメリカ人じゃないんだからさ」
 鴨上は、分からないものは分からないとばかりにあっさり返してくると、話を先に進める。
「GHQも箝口令を敷いたくらいだ。早々に幕引きを図りたかったんだろうな。夫妻の意向はすぐに日本の司法当局に伝えられたそうなんだが、GHQから厳罰を科すなと指示されたとはいえ、二人の人間が殺害されているんだ。無罪放免とはいかないさ。かといってアメリカの統治下にある以上、GHQの意向を無視することもできない」
 次々と鴨上の口を衝(つ)いて出てくる新事実に、貴美子は声を失った。
「それと、やっぱり君が妊娠しているのが発覚したのが、大きかったとGHQの人間が言っていたそうだよ」
 鴨上は続ける。

プロフィール

楡 周平(にれ・しゅうへい) 1957年岩手県生まれ。米国系企業在職中の96年に書いた『Cの福音』がベストセラーになり、翌年より作家業に専念する。ハードボイルド、ミステリーから時事問題を反映させた経済小説まで幅広く手がける。著書に「朝倉恭介」シリーズ、「有川崇」シリーズ、『砂の王宮』『TEN』『終の盟約』『黄金の刻 小説 服部金太郎』など。

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