よみもの・連載

雌鶏

第四章

楡周平Shuhei Nire

「それが資本主義ってもんだし、企業活動、いや社会だってそうなんだ。人間が関与する社会には必ず競争がある。競争に勝敗がつきものである限り、勝者の陰には必ず敗者がいるんだ」
「でも今回の場合は――」
 八紘産業は四葉商事に飲み込まれることになる、と続けようとした貴美子に、
「君だって、慈善事業というか、慈善家に救われた一人なんだよ」
 鴨上は突然奇妙なことを言い出した。
「私が?」
 何を指してのことか、皆目見当がつかない。
 反射的に声を発した貴美子に向かって、鴨上が返してきた。
「あの事件が起きた時、君のお腹の中には子供がいただろ?」
 驚愕のあまり言葉が出ない。
 心臓が強い拍動を打ち、呼吸が停(と)まる。
 頭から血液が引いていく。指先が痺(しび)れ、冷たくなっていく感覚を覚えた。
「ど……、どうして、それを……」
 そう訊ねるのが精一杯だった。いや、その言葉しか思いつかない。
 ところが、鴨上は答える代わりに、逆に質問してくる。
「君に下された量刑を聞いて、おかしいと思わなかったのか? いくら身を守るためとはいえ、米兵を二人も殺しておいて、たった懲役五年だぜ。しかも、事件は一切報道されなかったんだぞ?」
 それについては、貴美子自身も不可解に感じていたのだが、事の経緯の程など知る由もない。
「量刑が軽過ぎるとは思っていましたけど……」
 貴美子はか細い声で漏らした。
「米兵が若い女性を暴行目的で襲った挙句、返り討ちにあっただなんて、米軍にとっては恥辱以外の何ものでもないからね。報道統制を敷いたんだろうが、それにしたって懲役五年はどう考えても軽過ぎるよな」
「何か特別な事情があった……。あるいは、誰かの力が働いたとでも?」
「その両方さ」
 鴨上は、薄い笑いを口元に浮かべ、思わせぶりに答える。
「それは、どんな?」
 貴美子は、心臓の鼓動が速くなるのを感じながら、生唾を飲んだ。

プロフィール

楡 周平(にれ・しゅうへい) 1957年岩手県生まれ。米国系企業在職中の96年に書いた『Cの福音』がベストセラーになり、翌年より作家業に専念する。ハードボイルド、ミステリーから時事問題を反映させた経済小説まで幅広く手がける。著書に「朝倉恭介」シリーズ、「有川崇」シリーズ、『砂の王宮』『TEN』『終の盟約』『黄金の刻 小説 服部金太郎』など。

Back number