よみもの・連載

雌鶏

第四章

楡周平Shuhei Nire

 鴨上は貴美子の言葉を皆まで聞かずに遮ると、すかさず続ける。
「杉下さんが望んでいるのは、長男が経営者として独り立ちできるまでの中継ぎ役なんだ。だけど能無しでは困る。優秀に越したことはない。そんな虫のいい話に乗る人間がどこにいるよ」
「なるほど……。おっしゃる通りですね」
「仮に応じた人間がいたとしても、そいつが優秀であればあるほど、今度は厄介な問題が起きかねない。杉下さんは、それを懸念しているんだよ」
「厄介な問題?」
「そいつが社長在任中の実績を盾に、八紘産業に居座ることさ」
 その言葉を聞いて、貴美子はようやく杉下の依頼の意図が見えてきた。
 そんな貴美子の内心を察したものか、鴨上は含み笑いを浮かべると、こともなげに言い放つ。
「先生が一声かければ、候補の四人や五人、すぐに見つかる。八紘産業よりも格上の大会社だって、それなりの人物を差し出すさ。たとえ長男が社長になるまでの中継ぎ役だとしてもね……」
「実際、先生は三人ばかり候補を挙げて、能力、経験共に甲乙つけ難い。後は運の問題だから、私に見立ててもらえとお勧めになられたんですものね。もちろん、命じられた通り、四葉(よつば)商事の亀井(かめい)部長がいいとお伝えしましたが、先生は何を狙っているのですか?」
 話の流れで、思わず質問を発してしまったのだが、貴美子は鬼頭(きとう)の意向を伝える代弁役にすぎない。本来鬼頭の目論見を訊ねるのは禁忌である。
 ところが意外にも、鴨上は躊躇(ちゅうちょ)する様子もなく話し始める。
「八紘産業の有力取引先を、四葉商事に移そうと考えているんだ」
 驚くほどのことではないが、最大手とはいえ、八紘産業は化学製品の専門商社。四葉商事は、日本屈指の総合商社だ。
 鴨上が話に乗ってきたこともあって、貴美子はそのまま話を続けることにした。
「移してどうなさるんです? 八紘産業を飲み込むのが狙いなら分かりますけど、取引先の一つだなんて、四葉にしたら小さな商いなのでは?」
「その取引先は、アメリカの大会社でね。それも、日本の技術ではまだまだ追いつけない製品を製造販売してるんだ。それも世界中で独占的にね」
「八紘産業は、そんな会社と取引しているんですか?」
「先々代の社長ってのが、なかなか先見の明に長(た)けた人物でね。まだ八紘産業が名古屋の染料問屋だった時代に、その会社と取引を始めたんだ。戦争中は取引が中断したけど、あちらの会社も同族経営だったこともあって、戦後すぐに取引が再開されたんだが、五年前にあちらの会社の経営体制が一変してね」

プロフィール

楡 周平(にれ・しゅうへい) 1957年岩手県生まれ。米国系企業在職中の96年に書いた『Cの福音』がベストセラーになり、翌年より作家業に専念する。ハードボイルド、ミステリーから時事問題を反映させた経済小説まで幅広く手がける。著書に「朝倉恭介」シリーズ、「有川崇」シリーズ、『砂の王宮』『TEN』『終の盟約』『黄金の刻 小説 服部金太郎』など。

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