よみもの・連載

雌鶏

第四章

楡周平Shuhei Nire

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 鴨上は言う。
「君を襲った米兵の一人が、米軍の高官の息子だったんだよ」
「高官?」
「将官クラスらしいね。それも、事件当時はペンタゴン勤務だったそうだから、軍の中でも重鎮中の重鎮さ」
「ぺんた……ごん?」
 将官の意味は理解できたが、ペンタゴンとは初めて聞く。
 問い返した貴美子に、
「アメリカ国防総省、旧日本軍だと、さしずめ大本営ってところかな」
 鴨上は短い説明の後、本題に戻る。
「終戦後、日本人女性が米兵に凌辱された事件は山ほど起きたけど、返り討ちにされたのは前代未聞だ。それだけでもGHQは騒然となったというんだが、殺された兵士の一人が軍の重鎮の息子だと判明すると、それこそ上を下への大騒ぎになったらしい」
「大騒ぎって……。隠蔽しようと思えば、簡単にできたんじゃないですか?」
 鴨上は鼻を鳴らし、口元を歪める。
「息子がしでかした大不祥事が、広く知れ渡ってみろ。親父さんだって無傷では済まないさ。あからさまに責任を問われはしないまでも、少なくとも昇進は望めなくなるだろ?」
「でしょうね。階級社会に出世競争はつきものですからね。昇進を争っている人間からしたら、競争相手を蹴落とす千載一遇の大チャンスと映るでしょうからね」
 それは、日々行っている占いの内容からも明らかだ。
 ここを訪れるのは十分功なり名を遂げた人間ばかりだというのに、占いのお題はさらなる出世、つまりさらなる権力を握れるか否かが大半なのだ。
 米軍とて高位に就く軍人は、士官学校出がほとんどなはず。昇進を重ねるごとに次の地位に上がる数は絞られて、軍ならば元帥、会社ならば社長と、最終的には一つの椅子を争うことになるのだ。
「その通りだ」
 頷いた鴨上は、そのまま話を進める。「ところがだ、この父親は、米軍内でも極めて重要な任務に就いていたようでね。親子関係についてはGHQ内部に箝口令(かんこうれい)が敷かれたというんだ」
「余人を以(もっ)て代え難い人物だから、絶対に傷をつけてはならないってことですか?」
「余人を以て代え難いねえ……」

プロフィール

楡 周平(にれ・しゅうへい) 1957年岩手県生まれ。米国系企業在職中の96年に書いた『Cの福音』がベストセラーになり、翌年より作家業に専念する。ハードボイルド、ミステリーから時事問題を反映させた経済小説まで幅広く手がける。著書に「朝倉恭介」シリーズ、「有川崇」シリーズ、『砂の王宮』『TEN』『終の盟約』『黄金の刻 小説 服部金太郎』など。

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