よみもの・連載

城物語

第七話『姉の背中(白石城)』

矢野 隆Takashi Yano

「私はこの人の妻の梢(こずえ)ってんだ。よろしくね」
「よ、よろしくお願いします」
 呆気(あっけ)に取られている姉が、呆然とつぶやくのを聞いて、梢と名乗った正雪の妻が大きくうなずき姉を立たせた。
「名前はなんていうんだい」
「みやです」
「あんたは」
 梢の目がしんにむく。
「しんと申します」
「さぁ二人ともあがった、あがった」
「ちょっと待て」
 土に胡坐(あぐら)をかいた正雪が口を尖(とが)らせ言った。梢が殺気のこもった目で夫を見おろす。正雪が三人から目を背け、ぼそりとつぶやく。
「仇討ちするんだろ。そんな百姓みてぇな名じゃ駄目だ。武家らしい名があったほうがいい。姉のほうは宮城野(みやぎの)。妹は信夫(しのぶ)。これでどうだ」
「ありがとうございますっ」
 姉が腰が折れるんではないかというほど勢いよく頭をさげた。
 信夫……。
 聞きなれない名にとまどう。
「いいか。俺が教えてやるんだ。三年のうちに仇を取らせてやる。その代わり、真剣に精進しろよ」
「はいっ」
 言った姉が正雪の前にふたたび座り、頭をさげた。信夫もあとにつづく。
「精進いたします。なにとぞよろしくお願いいたします」
「おう」
 答えた正雪の目の奥が笑っていた。

プロフィール

矢野 隆(やの・たかし) 1976年生まれ。福岡県久留米市出身。
2008年『蛇衆』で第21回小説すばる新人賞を受賞する。以後、時代・伝奇・歴史小説を中心に、多くの作品を刊行。小説以外にも、『鉄拳 the dark history of mishima』『NARUTO―ナルト―シカマル秘伝』など、ゲーム、マンガ作品のノベライズも手掛ける。近著に『戦始末』『鬼神』『山よ奔れ』など。

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