よみもの・連載

城物語

第七話『姉の背中(白石城)』

矢野 隆Takashi Yano

「そなたたちが、志賀団七を仇とするとか申す姉妹か」
 着流しの男が言うと、姉が答える。
「はい」
「片倉重長じゃ」
 姉が純白の小石の群れに額を付けた。
「御主たちに聞きたきことがある」
「なんなりと」
 姉は平伏したまま微動だにしない。
「見慣れぬ侍を引き連れ領内に戻ってきたのは、如何なる意趣あってのことじゃ」
「私たち姉妹は志賀団七に父を殺され、それを知った病の床にあった母をも失いました。残された姉妹に生きる術など残されておらず、こうなっては親子そろって志賀の手にかかって相果てようと思うた次第にござります」
「儂(わし)の問いの答えになっておらぬぞ。親子そろって志賀の手にかかりたいと申すのであらば五年ものあいだ国を離れずとも良かろうに。何故五年も姿をくらました。何故他国の侍とともに帰ってきた」
「それは……」
 姉が小十郎を見あげた。
「無礼であろうっ」
「よい」
 怒鳴った家臣をにこやかにたしなめてから、小十郎が身をわずかに乗りだす。
「有体に申してみよ」
「どうせ手にかかるのならば、一矢報いたいと思い、残された田畑を売り江戸で武芸の修練を積みました」
「侍どもは助っ人か」
「違います。私たちのことを心配した師が付けてくれた見届け人にござります」
「本気で志賀団七を討つつもりか」
「はい」
「相手は剣術指南役じゃぞ」
「わかっております」
 小十郎が鼻の穴をおおきく開いて深く息を吸った。固く目を閉じ、しばらく黙考する。その間も姉はずっと城主の顔を見つめていた。
 小十郎の眉間に深い皺(しわ)が寄る。
「御主たちは百姓の娘。剣術指南役の志賀を討つなど以(もっ)ての外じゃ。そのようなことを許さば、下々(しもじも)の者に示しがつかぬ。どれだけ御主たちに強き決意があろうとも、ならぬものはならぬのだ」
 きっぱりと言い切った城主に、姉が腰を浮かす。すると近習の誰かが縁のうえから厳しく叱りつけた。小十郎は真剣な面持ちで姉を見おろしながら、やさしく諭す。
「三人もの供を付けてくれるほど、江戸におる師は御主たちのことを想うておる。このまま黙って江戸に戻れ。血縁無き御主たちには、領内で生きてゆくこともできはすまい。女には女の幸せというものがあろう。仇討ちなど考えず、江戸で嫁に行き志賀のことを忘れて穏やかに暮らせ」
「お殿様が許してくださらずとも、私は志賀団七を討ちます」
「なにを申すか」
 小十郎の声に怒りが滲むが、姉は止めない。

プロフィール

矢野 隆(やの・たかし) 1976年生まれ。福岡県久留米市出身。
2008年『蛇衆』で第21回小説すばる新人賞を受賞する。以後、時代・伝奇・歴史小説を中心に、多くの作品を刊行。小説以外にも、『鉄拳 the dark history of mishima』『NARUTO―ナルト―シカマル秘伝』など、ゲーム、マンガ作品のノベライズも手掛ける。近著に『戦始末』『鬼神』『山よ奔れ』など。

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