よみもの・連載

城物語

第七話『姉の背中(白石城)』

矢野 隆Takashi Yano

 足掛け五年……。
 父を殺された時に十一だった信夫は、十六になっていた。
 いつもの社に今日は昼から来ている。先刻から姉が木剣を構えた正雪と対峙していた。姉は鎖以外は木で作られた鎖鎌を手に持っている。見守る信夫の長刀の刃も木製だ。
 数合打ちあって正雪の木剣が姉の鎖に搦(から)めとられた。
「そこまでっ」
 右手を突き出し、正雪が姉に笑う。
「良くここまで頑張ったな。もうなにも言うことはねぇ」
「ありがとうございます」
 満面の笑みで姉にうなずいた正雪の目が厳しくなり、信夫にむく。
「お前ぇも来い」
「え、私は……」
「五年も黙って振りつづけてきたんだ。かかって来い」
 正雪の家で姉と暮らすためにつづけた修練だった。長刀を構えて誰かと対峙するつもりなど微塵(みじん)もなかった。
「さっさと来い」
 姉から木剣を受け取り正眼に構えた正雪が、信夫のほうをむく。なにやら恐ろしい気配が正雪の躰からただよっている。それだけでもう、逃げ帰りたくなった。
 正雪に打ち勝とうなんて無理に決まっている。最初から結果の見えていることを、どうして正雪はしたがるのだろう。
「来ねぇんなら、こっちから行くぞっ」
 腹から気を吐き、正雪が間合いを一気に詰めた。仕方なく信夫は長刀を構える。
 柄(つか)を握りしめる手に衝撃が走った。一瞬、なにが起こったのかわからなかったが、正雪が打ったのだと後になって解った。信夫の懐深くまで潜りこんだ正雪が、容赦なく木剣を突き出す。
 なにがなんだかわからなかった。
 忘我のうちに身を退いた信夫は、躰に刻みこまれた動きをなぞるように大上段に構えた長刀を振りおろす。
「ひいっ」
 はじめて聞く正雪の悲鳴だった。
 我を取り戻した信夫の目がとらえたのは、地面まで振りおろされた長刀を、だらしなく両足を開き尻餅をつきながらかろうじてかわした正雪の姿だった。
「や、やるじゃねぇか」
 なにをやったのか、信夫には正直わからなかった。

プロフィール

矢野 隆(やの・たかし) 1976年生まれ。福岡県久留米市出身。
2008年『蛇衆』で第21回小説すばる新人賞を受賞する。以後、時代・伝奇・歴史小説を中心に、多くの作品を刊行。小説以外にも、『鉄拳 the dark history of mishima』『NARUTO―ナルト―シカマル秘伝』など、ゲーム、マンガ作品のノベライズも手掛ける。近著に『戦始末』『鬼神』『山よ奔れ』など。

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