よみもの・連載

城物語

第七話『姉の背中(白石城)』

矢野 隆Takashi Yano

「よし。じゃあ入ってこい」
 腕を組んで笑った正雪が、閉じられた木戸に声をかける。音もなく障子戸が開き、三人の侍が入ってきた。どの顔も見覚えがあるし、名も知っていた。正雪の門人だ。腰の刀に柄袋をかぶせ手甲脚絆(てっこうきゃはん)を着け、頭に笠(かさ)という格好は、ひと目で旅装とわかる。
「こいつ等も白石に連れてってくれ」
「でも」
「心配すんな。仇を討つのはお前等ふたりだ」
 姉の声をさえぎって正雪が語る。
「お前ぇたちは百姓の娘だ。本来、仇討ちなど許されねぇ。だからこいつ等が必要なのよ。お前ぇたちが強そうな侍を三人も引き連れて故郷に戻ったとなりゃ、たちまち噂んなるだろ。そいつを白石の侍どもが聞きつけりゃ、あっちのほうで動いてくれる。もし志賀って野郎が闇討ちを仕掛けてくるような奴なら、こいつらがお前たちの身を守る。心配すんな。俺の門人のなかでも選りすぐりの三人だ。田舎剣法になんか敗(ま)けやしねぇよ。騒ぎがおおきくなりゃ、仇討ちが許されるかも知れねぇ。いわばこいつ等は志賀何某(なにがし)を釣るための餌だ」
 照れ臭そうに正雪が己の鼻を擦(こす)った。
「師匠の軍学。有難く頂戴いたします」
 涙声で言った姉が三つ指をついて頭をさげた。
「うまくやれよ」
「はい」
 答える姉妹の声が重なった。
「絶対に死んじゃいけないよ」
 梢の震える声に微笑みながらうなずいた二人は、その日のうちに白石へと旅立った。

プロフィール

矢野 隆(やの・たかし) 1976年生まれ。福岡県久留米市出身。
2008年『蛇衆』で第21回小説すばる新人賞を受賞する。以後、時代・伝奇・歴史小説を中心に、多くの作品を刊行。小説以外にも、『鉄拳 the dark history of mishima』『NARUTO―ナルト―シカマル秘伝』など、ゲーム、マンガ作品のノベライズも手掛ける。近著に『戦始末』『鬼神』『山よ奔れ』など。

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