連載
城物語
第七話『姉の背中(白石城)』 矢野 隆 Takashi Yano

「はあぁぁっ」
 己でもどこから出たのかわからぬ声が信夫の躰からほとばしる。二人へとまっすぐに駆け、長刀を突き出した。呆然と自分を見つめる姉のむこうに、おおきく仰(の)け反りながらなんとか態勢を整えようとしている団七を認め、かわされたことに気付く。
 姉の腕は……。
 無事だ。
「ありが……」
「邪魔するなぁっ」
 姉の礼を断ち切って、刀を構えなおした仇が叫んだ。刃を振りあげて黄色い歯を露わにしている男の赤黒い額に、気持ち悪いほど真っ青な太い筋が浮かんでいる。まるで山道でうごめく大蚯蚓(みみず)のようだと信夫は思った。
 刀を乱暴に振りおろして、団七が長刀の柄を叩き落とす。強力でうえから押さえられ、耐えられずに刃で石を打った。姉の気迫が耳に届く。信夫を守ろうと、姉が鎌を横薙(な)ぎに振って団七の顔を斬りにゆく。
「無駄じゃっ」
 後方に大きく飛んで刃をかわすと、団七はまた正眼に構えてみずからの隙を殺した。姉もふたたび鎖を回し始める。
「ありがとう、でもさがってて信夫」
「姉さま」
「あの男を殺(や)るのは私の務め」
 鎖を回しながら団七とにらみあう姉が、信夫を見もせずに言った。柄を叩き落とされた時の痺れがまだ残る腕に力をこめながら、信夫はゆるゆると首を左右に振る。
 信夫は黙って背後に控えた。仇討ちは姉の大願である。己の物ではない。
 目の前で姉が戦っている。
 もう無理だとは思わない。姉はここまでたどり着いたのだ。無理を押し通し、ここまで来たのだ。あとは姉の勝利を信じるのみ。
 さっきの団七の動きから学んだのか、かわされぬよう不用意に頭は狙わない。足や膝、腕や刀など、手先足先に近い場所を弾くようにして分銅を繰りだしている。放つ時から引くことを念頭に入れているから、当たることを確認することなく、伸びきったところで鎖を引く。しかしその衝撃はかなりのものである。仇が足をあげてよけた分銅が河原の丸石に当たり、微塵に砕け散って四方に飛んだ。欠片(かけら)が団七門下の男の額に当たって、滝のような血が流れる。
「女のくせに生意気な」
 間断なく繰り出される分銅のせいで、団七は姉に近付くことができない。正眼に構えた切っ先を正面にある喉元に定めたまま、憎たらしい目付きを姉にむけている。陽光を受けて輝く刀身から、さすが剣術指南役だと褒めてやりたいくらいの剣気が放たれていた。そのせいで姉も迂闊(うかつ)に攻めることができずにいる。五年前はこんなことはわかりもしなかった。正雪の弟子たちの剣術修行や姉の修練を見ているうちに身についたことだった。ぼんやりと見つめていると、こっちのほうが強いだとか、この人は敗けるなどということがわかるようになった。そのうち剣気や間合いなどという言葉を正雪に教えてもらって、理屈でとらえる癖がついた。
 だからこそわかることがある。
 この勝負はそう長くはない。双方の体力の問題ではなかった。剣気の優劣や強弱の差でもない。なんとなくそう思うのだ。



 
〈プロフィール〉
矢野 隆(やの・たかし)
1976年生まれ。福岡県久留米市出身。
2008年『蛇衆』で第21回小説すばる新人賞を受賞する。以後、時代・伝奇・歴史小説を中心に、多くの作品を刊行。小説以外にも、『鉄拳 the dark history of mishima』『NARUTO―ナルト―シカマル秘伝』など、ゲーム、マンガ作品のノベライズも手掛ける。近著に『戦始末』『鬼神』『山よ奔れ』など。
Back number
第七話『姉の背中(白石城)』
第六話『民次郎の義(弘前城)』
第五話『士道の行く末(五稜郭)』
第四話『憎しみの城(長谷堂城)』
第三話『裏切りの城(今帰仁城)』
第二話『天命を待つ(萩城)』
第一話『戦人の城(伊賀上野城)』