よみもの・連載

初恋父(と)っちゃ

第八回

川上健一Kenichi Kawakami

「事実をちゃんと報道するのがニュースだろうが。近頃の報道はまったくなっちゃない。困ったもんだ。ホニホニホニ(まったくもう)。バガッコど相手にしてもしょうがねえ、こったどごで(こんなところで)バヤバヤしてれば(うろちょろしていれば)特捜にとっ捕まってしまうすけ(から)、チャッチャど(早いとこ)夏沢みどりば探しに行ぐべ。運転代わるが?」
 山田が新聞をたたんでいう。函館からここまでずっと、運転は水沼が一人でしてきた。少しの仮眠もしなかった。
「いや大丈夫だ。眠くないんだ」
「そうだよね。初恋のみどりちゃんに会えるかもしれないんだから、眠い訳ないよね。俺は眠いし身体痛いし、どこでもいいから今すぐ身体伸ばして寝たいよ。最近よく眠れなかったから、これだと眠り薬多めに飲めば死んだようにぐっすり寝れるかも」
 小澤は座ったままウーッとうめき声を上げて背伸びする。
「お前、眠り薬っこ持ってるのが?」
 山田が眉をひそめる。
「持ってるよ。あんまり眠れないから診察受けて医者にもらったんだ」
 水沼と山田は思わず固まって目を合わせる。それから揃って小澤を振り向く。
「で、眠れるようになったのか?」
 と水沼が先に口を開く。
「いや。それがいつもくたびれているんだけど眠れないんだよ。処方された量が少ないんだよきっと。だからもらってきた薬をいっぱい飲んだらぐっすり眠れるかもね」
 小澤は力なくヘラヘラ笑う。
「父っちゃ、父っちゃ(オヤジ、オヤジ)。何へってらど(何いってんだ)。やめどげ、やめどげ。ちゃんと処方箋守らねば(守らなければ)死んでまうど」
「こんなつまらん世の中、何も未練はないよ。死んでもいいから気持ちよくぐっすり眠りたいよ」
「何へってらど。生きてればなんぼでも夢があるでねが。死んだら夢も希望もね。シザンヌのママだのマリーおねいさまだのシモーヌおきゃんちゃんが、ギアネ(さみしくて、やるせなくてつまんない)、ギアネって悲しむど」
「シザンヌじゃないってば。スザンナ。わざと訛っていうなよ」
「パトカーだ……」
 水沼の緊張した押し潰したかすれ声に車内の空気が一気に凍りつく。山田と小澤が、水沼が見ている同じ方向に顔を向ける。三十メートルほど先の交差点で、パトカーがこっちに向かって右折するために停車している。
「車を出そうよッ」
 小澤が短く叫ぶ。
「待で待で。ここで動いだら目立つど。あっという間に追いかけられて御用だ。一か八かやり過ごした方がいいごった(だろう)」
 山田がぎゅっと口を閉じてパトカーを見つめる。朝日をあびて制服警官が運転席に一人、助手席にも乗っている。警官の様子はよく見えないが二人とも対向車線から直進してくる車を見ているようだ。顔をこっちに向けていない。

プロフィール

川上健一(かわかみ・けんいち) 1949年青森県生まれ。十和田工業高校卒。77年「跳べ、ジョー! B・Bの魂が見てるぞ」で小説現代新人賞を受賞してデビュー。2002年『翼はいつまでも』で第17回坪田譲治文学賞受賞。『ららのいた夏』『雨鱒の川』『渾身』など。青春小説、スポーツ小説を数多く手がける。

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