連載
初恋父(と)っちゃ
第九回 川上健一 Kenichi Kawakami

 道央自動車道から道東自動車道に入ると交通量が少なくなった。しばらく走るとなだらかな山並みの中に吸い込まれた。水沼はバックミラーに目をやる。車はいない。道央自動車道では頻繁にバックミラーを見ていた。札幌市内のコンビニで出くわしたパトカーが追いかけてくるかと気が気ではなかった。道央自動車道に入ってからはパトカーどころか走っている一般車両もまばらなので落ち着いてハンドルを握っている。再び前方へと視線を戻す。高速道路がなだらかに続く丘にゆるやかにカーブを描いているだけで先行する車もいない。前も後ろも一台の車も見えず、道路を貸し切り状態のドライブだ。
 水沼は制限速度を十キロオーバーでアクセルを保ち、黄色い車を夕張に向けて快調にひた走らせている。助手席で山田が、後部座席で小澤が眠りこけている。二人とも高速道路に入ってまもなく眠りに落ちてしまった。函館から夜っぴて走ってきたので無理からぬことだ。それでも運転してきた水沼は元気だ。若い頃からずっと、ハンドルを握っている時はどんなに疲れていても不思議に眠気に襲われることはない。それに広告制作は徹夜になることも多く馴(な)れている。水沼はなだらかな森へと入り込んでいる高速道路の上空を見やる。雲の切れ間から青空がのぞいている。森は緑の針葉樹がほとんどで、所々に黄色く染まった広葉樹が飛び散った絵の具のように点々としている。
 夏沢みどりの消息は札幌で途絶えてしまった。函館から札幌へと短い探索だった。それでも少しだけ初恋への距離は縮まった。初恋は中学時代のフォークダンスと同じなのかもしれない。踊りの輪が進んでやっと次は夏沢みどりの手に触れて踊れると胸を高鳴らせたとたんに音楽が終わってしまう。距離が縮まるとお終いになる。それ以上は永遠に縮まることはないのかもしれない。水沼はふっと小さく笑う。鼻から吐息が漏れる。これで本当に二度と会えないのだ。初恋は永遠に捕まえることができない鬼ごっこだ。
「分かったぞ!」
 いきなり小澤の声が水沼の耳元で炸裂する。後部座席から身を乗り出している。
「びっくりさせるなよ。何だ?」
 バックミラーの中の小澤は鋭い目付きで真剣な顔つきだ。
「絶対そうだよ。やばいぞ。おい山田、起きろ」
 小澤は助手席の山田の肩を揺する。
「そんなばかでかい声出すな。安眠妨害だ。地球の裏側で寝ているやつらだって飛び起きるぞ。みどりちゃんの居場所が分かったのかあ?」
 山田は薄目を開けて気のない返事をする。
「違う。さっきのパトカーだ。山田、お前特捜部に出頭した方がいいかも」
「何でだよ? すっとぼけ作戦でみどりちゃんば探そうって決めたべさ」
「お前ね、そんな悠長なこといってられないぞ。ことは命に関わることだ。さっきのパトカーね、あの警察官は絶対にこの車はお前が借りたレンタカーだって分かっていたはずだ。お前のこともだ。特捜が行方を追っている悪徳部長だってな。なのにどうしてお前に任意同行求めなかったんだ? おかしいだろう?」
「なんもおがしぐね。決まってるべさ。俺だって分がねがったんだよ」
「いいや。絶対に分かってたって」
「そうかな」と水沼はいう。「山田がいうように、分かってたらちょっと警察まできてくれないかっていうはずじゃないか」
「確かめたんだよ。山田が乗っているかどうか。サイフを拾ったっていうのは山田を確認するいい口実になったんだよ。で車を停めさせて確かめたんだよ」



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〈プロフィール〉
川上健一(かわかみ・けんいち)
1949年青森県生まれ。十和田工業高校卒。77年「跳べ、ジョー! B・Bの魂が見てるぞ」で小説現代新人賞を受賞してデビュー。2002年『翼はいつまでも』で第17回坪田譲治文学賞受賞。『ららのいた夏』『雨鱒の川』『渾身』など。青春小説、スポーツ小説を数多く手がける。
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