連載
初恋父(と)っちゃ
第九回 川上健一 Kenichi Kawakami

「冗談だろう?」
「いやいや、あながち絵空事じゃないかもしれないぜ。ということはだな、俺たちは別行動した方がいいということだ」
「あッ、そうだよそうだよ! 気がつかなかった!」小澤が目を爛々(らんらん)と光らせてグイと身を乗り出し、「山田一人を殺すのはあれこれ面倒くさいし、俺と水沼が生きていれば山田殺害の証人となって面倒くさいし、一石二鳥だから三人ともやっちまえってことになって、俺たちは車ごと断崖絶壁から突き落とされる可能性があるってことだよね。運転操作の誤りで片づけられる。そういうことだよね、山田」
「お前、殺されるかもしれないっていうのにうれしそうだな」
 山田は呆れ返っていう。
「だってさ、まるで映画みたいじゃないか。ということは俺たちは映画の主人公ってことじゃないか。生まれて初めてだよ、映画に出ている気分になったのは。しかも映画みたいだけど映画じゃない。現実のことだ。映画を見ているよりもドキドキするから、こんなに興奮することはめったにあることじゃないよ。ウー、ワクワクする」
「おい、こいつは本当に病気になったんじゃないのか? なんだってこの旅行でタガが外れてしまったんだ?」
 山田は吐息交じりに水沼にいう。
「最高っていうのを病気っていうのが欧米で流行り始めているみたいだぞ」
 水沼は笑っていう。
「そうそう、俺は病気だ! 最高だ! 憧れのアクション映画に出演してるようなもんだから、殺されようが病気だろうが何でもいいよ、最高だからさ!」
「カミさんと離婚するかもしれない程の大喧嘩したんでヤケになってるだけだろうが」
 山田はズバリという。
「そうそう、そのことだ。何だってお前はカミさんと離婚するんだ? やっぱり浮気がばれたとか愛人を囲っているのがばれたのか?」
 と水沼はいい、ハンドルを握る手を下に持ち換える。前後に車はいないのでのんびり運転しても危険はない。
「だからそんなんじゃないってば。愛人囲ってもいないし浮気もしてません。会社のことだよ。元はといえば俺の会社がたまに仕事をもらっている取引先の会社が悪いんだけど、俺の会社をまかせているバカ息子もからんでいるんだよ。その取引会社は大手の建設会社の下請け会社なんだけど、大きな工事をやっていて職人が足りなくて工期が遅れそうになったんだよ。そこの社長は二代目のこれまたバカ息子で、俺のバカ息子とゴルフ仲間で、それで俺の息子に職人を斡旋してくれと泣きついたんだ。俺の会社は別の仕事をしていて、もう職人は手一杯だったもんで、息子が俺に何とかならないかといってきたんだ。向こうの社長は月末に現金で払う、色もつけるといっているからというんだよ。その会社の死んだ先代社長にはよく仕事を回してもらってたから、二代目のバカ息子社長は威張り腐って性格悪いから大嫌いだけど、先代社長に恩返ししようと思って、あっちこっち、こうこうこういう訳なんだけど助けてくれないかって電話かけまくって、何とか職人集めたんだよ」
 小澤はそこまで一気にまくしたてるとふうっと大きく息を吐いた。




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〈プロフィール〉
川上健一(かわかみ・けんいち)
1949年青森県生まれ。十和田工業高校卒。77年「跳べ、ジョー! B・Bの魂が見てるぞ」で小説現代新人賞を受賞してデビュー。2002年『翼はいつまでも』で第17回坪田譲治文学賞受賞。『ららのいた夏』『雨鱒の川』『渾身』など。青春小説、スポーツ小説を数多く手がける。
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