よみもの・連載

初恋父(と)っちゃ

第十四回

川上健一Kenichi Kawakami

「ええどええど、アバンチュールが飛び込んできたど」
 と山田が小澤を肘で突いた。強く突いたので小澤がよろけて水沼にもたれかかる。
「痛いなあ。そんなに興奮するなよ。もう女にガツガツする歳じゃないんだからさ。それに今日はもうアバンチュールはいいよ。昨夜はロクに眠っていないんだからさ。眠くてそれどころじゃないよ。せっかく訪れたぐっすり眠れるチャンスなんだからさ」
「何へってらど(いってんだ)、このへっぺし! シャキッとしろ! これは神様の思し召しだべさ。お互いに旅行中の大人の男と女の三対三。偶然パーキングエリアで出会って、別れて、それがその日の内にまたまたここで偶然再会する」早口の標準語。「となれば、これは運命だ。なるようになるということが愛の神様によって決められていたんだ。ひとときの会話を楽しむってだけでもいいじゃないか。その先は成り行きまかせだ」
「おいおい、言葉に気をつけろって」
 水沼は慌てふためいて顔を突き出す。カウンターの中の従業員の女を恐る恐る見つめた。彼女はトレーにグラスを乗せてカウンターを出て行くところだった。別段山田の言葉を気にした様子もなく、目つきや態度で露骨に嫌な意思表示はしていない。幸いにして聞こえなかったか、もしくは聞こえたとしてもその言葉の意味が分からなかったようだ。
「お前な、そんな、はんかくさいこと(ハレンチでいやらしいこと)、大きい声でいうやつがいるかよ。意味分かるやつがいたら眉をひそめられて恥ずかしくなるじゃないか」
 水沼は辺りをはばかって小声でいう。へっぺし、という十和田語は猥談(わいだん)用語であり、相手を嘲弄したり小馬鹿にする意味もあるし、時にはケンカの時の挑発のセリフでもある。だから平和的に使用するならば男だけの仲間内での会話に限定するのが不文律だ。親しくない男や女、それに親しいといえども女の前でうっかり口をすべらせるのは御法度なのだ。人格や品性を疑われることになるし、十中八九忌み嫌われて厳しくバッシングされ、相手にされなくなってしまう。
「大丈夫だ。誰も聞いてねって。ほったらごどより突撃アバンチュール作戦復活だ。小澤先生よ、あのパーキングエリアで、たまには人生ダメモトしねば面白くねってへってらったべせ。さあ、しかがるべ!(やっちまおうレッツゴー!)」
「あ、そっかあ。そうだよね。たまには人生ダメモトだよね。映画じゃ、こういう場面になったら必ずナンパするよね。よし」
 小澤は決意を示してパン、とカウンターをひと叩(たた)きする。ウイスキーグラスを掴(つか)み、景気づけにグイと飲み干す。それからやおら立ち上がろうとした。山田が小澤の腕を掴んで止めた。
「待で待で。今だばまだわがね(今はまだダメだ)。空気ば読め、このホンジナシ(能無し)。だあへば(違うよ何いってんだ冗談じゃない)あの泣いてる女が泣き止むまではわがね。大人のナンパだば明るくスマートにスカッといがねばマイネど(ダメだぞ)」
「小澤。ナンパしに行ったらコメディー映画になるぞ」と水沼はいった。「あの三人の女たちは俺たちを殺しにきた殺し屋かもしれないんだろう? 殺しにきた女をナンパするのってバガッコじゃないか? コメディー映画にありがちなストーリーだ。相手の思う壺で、俺たちはどっかのしけたラブホのベッドで死体となって発見されてジ・エンド。しかも恥ずかしくて穴があったら入りたいというメタボの素っ裸でだ。間抜け面さらしてさ。それとも人里離れた森の中に誘われてズドンかブスリの方かもな。その方が犯行を隠せるだろうからな。森の中でスッポンポンの死体で俺たち三人が発見されたらそれこそコメディー映画だ」
 と水沼は冗談を飛ばして笑う。

プロフィール

川上健一(かわかみ・けんいち) 1949年青森県生まれ。十和田工業高校卒。77年「跳べ、ジョー! B・Bの魂が見てるぞ」で小説現代新人賞を受賞してデビュー。2002年『翼はいつまでも』で第17回坪田譲治文学賞受賞。『ららのいた夏』『雨鱒の川』『渾身』など。青春小説、スポーツ小説を数多く手がける。

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