よみもの・連載

雌鶏

第一章2

楡周平Shuhei Nire

「では、そのまま……」
『墜落』と言いかけたのを、貴美子はまた、すんでのところで飲み込んだ。
「三機が同時に特攻に出たそうなんだけど、残る二機も敵艦を見つけられないでいるうちに、日没が迫ってきてね。もう敵艦を捕捉することはできないから、改めて出撃することにして、帰投したらしいんだけど……」
 清彦はそう語ると、言葉が続かなくなった様子で、無念とばかりに目を伏せた。
 その先は、聞かずとも分かる。
 未帰還。明彦の搭乗機は行方不明となったのだ。
「そういうわけで、家族四人の中で死に損なったのは俺一人。親戚がいないわけじゃないけれど、俺自身は頼るほど親しくはしてなかったし、同年代のやつもいたけれど、田舎の連中は大学よりも海兵だ、幼年学校だ、予科練だって、進んで軍人になってみんな戦死しちまった。今更親戚の年寄りを頼ったところで、後々面倒になるだけだ。この際、天涯孤独の身になって、再出発を図ろうと思ってさ」
 清彦は、ほっと息を吐きながら言い、吹っ切れたとばかりに笑みを浮かべると、
「で、貴美子ちゃんは?」
 貴美子は問われるがまま、両親が亡くなったこと、野上(のがみ)ツルという親しくなった婦人と一緒に、遺品になるものを探していることを話すと、
「そんなの、絶対見つからないよ」
 清彦は、至極当然のように言って苦笑する。
「どうしてですか? 酷く燃えてしまったと言っても、何かの拍子で瓦礫の下に──」
「米軍の焼夷弾は、ゲル化したガソリンを使ってるんだぜ。それが雨霰(あられ)と落ちてきて、木と紙でできた日本家屋を焼き尽くすんだ。ガソリンは燃焼温度も頭抜けて高いし、大気中では爆発的に燃え上がるからね。写真や手紙の類なんかは残っているわけないし、金目の物ならなおさらだよ」
「なおさらって、どうしてですか?」
 意味が分からず、思わず貴美子が問うと、
「持っていくやつがいるからさ」
 清彦は当然のように答える。
「持っていく?」
「貴美子ちゃん……」
 清彦は、改めて貴美子の名を呼ぶと続けて問うてきた。
「戦場(いくさば)荒らしって聞いたことがあるか?」
「戦場荒らし……ですか?」
「戦国時代の戦場で、置き去りにされた死体から、刀や槍(やり)、鎧(よろい)とか、金目になりそうなものを剥ぎ取る輩(やから)がいてさ、そいつらのことを戦場荒らしと呼ぶんだよ」
 そう聞けば、続きは想像できるが、自らそれを口にするのは忌わし過ぎる。
 黙るしかない貴美子に向かって、清彦は続ける。

プロフィール

楡 周平(にれ・しゅうへい) 1957年岩手県生まれ。米国系企業在職中の96年に書いた『Cの福音』がベストセラーになり、翌年より作家業に専念する。ハードボイルド、ミステリーから時事問題を反映させた経済小説まで幅広く手がける。著書に「朝倉恭介」シリーズ、「有川崇」シリーズ、『砂の王宮』『TEN』『終の盟約』『黄金の刻 小説 服部金太郎』など。

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