よみもの・連載

雌鶏

第一章2

楡周平Shuhei Nire

「国がどうなるかはいずれ分かることだけど、それまで生き残るためには、まず日銭を稼ぐしかないな」
 清彦は、何かを思いついたらしく、小さくなった指先のサツマイモを見詰める。
「日銭と言っても、雇ってくれる先がなければ──」
「雇ってくれる先がなくたって、日銭を稼ぐ方法はいくらでもあるさ」
 清彦は、貴美子の言葉が終わらぬうちに言った。
「えっ?」
「商売だよ。貴美子ちゃんのお父さんは、元町で貴金属店を経営していたよね。それだって立派な日銭稼ぎじゃないか」
「でも、物を売るためには、仕入れが必要で、仕入れにはお金が──」
「人間が生きて行くために、必要不可欠なものって何だと思う?」
「絶対に欠かせないのは衣食住、中でも食じゃないでしょうか」
「そう、食だ……」
 清彦はニヤリと笑うと続ける。
「実際、横須賀、横浜、この近辺でもそこそこ大きな街じゃ、駅前に早くも市が立ち始めてるもんな。ちょっと覗(のぞ)いてみたんだけどさ、得体の知れない肉や臓物、雑炊、スイトン、サンダルや靴に至っては、片方しかないものも売られているんだ」
「片方しかない履物を?」
「別に、揃(そろ)ってなくてもいいんだよ。履物として機能すりゃあいいんだ。贅沢言ってる場合じゃないんだもの」
 つまり、それだけ貧困に喘(あえ)ぐ日本人が多いことの証左なのだから、思いは複雑だ。
 思わず貴美子は黙ってしまったのだったが、清彦はそのままの勢いで続ける。
「中でも、繁盛しているのは、やっぱり食べ物屋でね。粗末なスイトンや雑炊が飛ぶように売れているんだ。そりゃそうだよな。何をするにせよ、食わなきゃ動けないし、餓死しちまうからね」
「でも、食べ物屋をやるにしたって、食材を調達しなければお料理を作れないし、仕入れにはお金が必要じゃありませんか」
「そこで相談なんだけど、貴美子ちゃん、この芋、そのご婦人が親戚から分けてもらって来るって言ってたよね」
「ええ……」
「そこから仕入れられないかな。代金は後払いで……」
「でも、それは……」
「農家にとっても、悪い話じゃないと思うんだ」
「なぜです? 食料を調達するために、連日都会から、高価な着物や帯、書画骨董(こっとう)を持参した人たちが押し寄せているんですよ」

プロフィール

楡 周平(にれ・しゅうへい) 1957年岩手県生まれ。米国系企業在職中の96年に書いた『Cの福音』がベストセラーになり、翌年より作家業に専念する。ハードボイルド、ミステリーから時事問題を反映させた経済小説まで幅広く手がける。著書に「朝倉恭介」シリーズ、「有川崇」シリーズ、『砂の王宮』『TEN』『終の盟約』『黄金の刻 小説 服部金太郎』など。

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