よみもの・連載

雌鶏

第三章2

楡周平Shuhei Nire

「昔から餅は餅屋言うやないですか。元本を七掛けで買うてくれる同業者がおるんですわ。自分らは、いよいよ利子も払えんいうところまで取り立てますよって、その頃には元本を遥(はる)かに凌(しの)ぐ金を回収して、十分儲けを手にしとんのです。そやし七掛けで売っても、損は出えへんのです」
「じゃあ、引き取った同業者はどうやって回収するんだ?」
「そら、いろいろと……」
 北原は何か意味を含ませるように言い、ニヤリと笑う。「まっ、早い話が人を売り飛ばすんですわ。借りたのが男なら、金が回収できるまで、どこぞの飯場で缶詰にすればええだけですし、若い娘がいれば、遊郭に売り飛ばすこともできまっさかい」
 身柄を拘束し、自由を奪えば金を使えるわけがない。いや、それ以前に給料を押さえてしまえば、完済するまでは、事実上のタダ働きだ。
「そうは言うても、性癖ちゅうもんは変わらんもんでしてね」
 北原は続ける。
「酒で借金こさえたやつは、やっぱり酒を止(や)められへんのです。となると、どないして金を稼ぐかっちゅうことになりますわな」
 そう言われれば、思いつく手段は一つしかない。
「博打か」
 清彦の言葉に、北原は頷(うなず)くと、薄ら笑いを浮かべる。
「博打で借金こさえたやつも、止められへんのは同じです。と言うか、飲む、打つ、買うの三拍子揃ったやつが大半ですんでね。そんなんを一つ屋根の下に押し込めば、賭場で寝起きするようなもんですわ」
「それにしたって、元手がいるだろうが」
「元手は飯場に送り込んだ街金が貸してやるんです」
「えっ?」
「そらそうですわ。大阪、尼崎、神戸は空襲で、広島はピカドンで焼け野原になってもうたんです」
 そこで、北原は車窓を流れる街並みに視線を転ずると、「あない粗末な家やって、人を雇わな建てられへんのです。飯場がある言うたら、発電所やダム建設とかの大っきな現場ですわ。戦後、国が真っ先に取り掛かったのが社会基盤の整備です。人手はなんぼあっても足りへんのですわ」
「なるほどなあ。元本が膨らめば返済利子も上がる。働けど働けど、借金は減らず。延々と飯場暮らしから抜け出せないってわけか」
 債務者にとっては蟻(あり)疑獄に落ちたようなものだが、金を貸す側にとっては、好都合なことこの上ないし、労働力も確保できることになる。

プロフィール

楡 周平(にれ・しゅうへい) 1957年岩手県生まれ。米国系企業在職中の96年に書いた『Cの福音』がベストセラーになり、翌年より作家業に専念する。ハードボイルド、ミステリーから時事問題を反映させた経済小説まで幅広く手がける。著書に「朝倉恭介」シリーズ、「有川崇」シリーズ、『砂の王宮』『TEN』『終の盟約』『黄金の刻 小説 服部金太郎』など。

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