よみもの・連載

雌鶏

第三章2

楡周平Shuhei Nire

「雇ってくれる先があっても、帝大出は出世は早いかもしれませんが丁稚(でっち)から始まって、上に行くまで何年、何十年と使用人に甘んじなければなりません。しかも、上官が上司になっただけで、命令には従わなければならないのです。それじゃあ、軍隊にいるのと同じではないですか。他人に己の運命を委ねるのは、二度と御免ですので……」
「そやけど、わしとこに入ったら同じことになりまっせ? 修業させてくれ言うからには、独立を考えてはるんやろうけど、ここにいてる間は好き勝手できませんのやで?」
「もちろん、その点は承知の上で、お願いしております」
 清彦は即座に返した。
「承知の上と言わはりますけどな、金貸しは側(はた)で考えるほど楽な商売ちゃいまっせ。そら貸すのは楽なもんですわ。世の中、金に困ってる人はぎょうさんいてますよってな。そやけど、利子を含めた全額をきっちり回収せななりませんのや。金に困る理由は人様々。中には情けをかけたくなるのもいてますけどな、甘い顔見せたらこの稼業はやっていけへんのですわ。そやし、血も涙もないことを、やってのけんならんことも多々あります。あんたのようなインテリに、そないなことできますか?」
 インテリは頭を使う仕事で稼ぐもの、力仕事には不向きだと思われがちだ。特に腕力にものを言わせて弱者を従わせる野蛮な行為には、嫌悪感を催す人間が圧倒的に多いのは事実である。
 森沢が言うように、清彦自身も、血も涙もないような取り立てを平然とやれる自信はないが、頭を使えば新たな金儲けの道が開けることに気がついていた。
「正直言って、できませんね」
 清彦は、直截(ちょくさい)に答えた。
「そしたら、金貸しなんかやれませんで」
 森沢は馬鹿馬鹿しいとばかりに、フンと鼻を鳴らしながらそっぽを向く。
「でも、やれば必ず儲かる仕事。それも、取り立てなしで大きな儲けになる商売に考えがありまして……」
「取り立てなし?」
「社長は手形を扱っていらっしゃいますか?」
「手形はあかん」
 森沢は、吸い込んだ煙をふっと吐き、顔の前で手を振る。
「どうしてですか? 資金繰りに困っている中小企業はいくらでもあるでしょう。約束手形を振り出させて、それを担保に――」
「そら、無事に手形が落ちればの話やで」
 森沢は清彦を遮ると、いかにも素人が考えそうなことだと言わんばかりに嘲笑を浮かべる。「約束手形を担保に金を借りにくるいうことはや、それだけ当座の資金繰りに困ってるいうことや。それ以前に手形の振り出し先が決済期日前に飛んでもうたら丸損やないか」

プロフィール

楡 周平(にれ・しゅうへい) 1957年岩手県生まれ。米国系企業在職中の96年に書いた『Cの福音』がベストセラーになり、翌年より作家業に専念する。ハードボイルド、ミステリーから時事問題を反映させた経済小説まで幅広く手がける。著書に「朝倉恭介」シリーズ、「有川崇」シリーズ、『砂の王宮』『TEN』『終の盟約』『黄金の刻 小説 服部金太郎』など。

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