よみもの・連載

雌鶏

第三章2

楡周平Shuhei Nire

「同じ金貸しでもな、学のないワシのようなんと、帝大出のあんたとでは世間が見る目は違うねん」
 果たして、森沢は思いの丈を吐き出すような口ぶりで返してきた。「はっきり言うて、世間が所詮成り上がりの金貸し言うんは、ワシのような学のない人間。要は、自分よりも出来の悪いやつが、大金を手にしたことが我慢ならへんのや」
 つまり、妬み、嫉(そね)みの表れと言うわけだが、なるほど森沢の言には一理ある。
 頷いた清彦に森沢は続ける。
「そやけどなあ、そこに帝大出ちゅう肩書が加わると、話が違うてくるねん。当たり前やで。頭の良さは折り紙付きや。それだけでも黙らなならんのに、大金持ちとなれば鬼に金棒や。悔しかったら、真似(まね)してみい言うたら黙るしかないやろ?」
 これもまた、森沢の言う通りである。しかし、肯定するのは傲慢に過ぎる。
 苦笑いを浮かべるしかないのだったが、森沢はその反応に意を強くしたらしく、
「それに、ワシが思うに、あんた、ただの金貸しで終わるつもりはあらへんのやろ?」
 清彦の心中を探るような眼差しを向けてくると、断言するような口調で問うてきた。
「まだ、何をやるかは思いつきませんが、いずれ事を成したいとは思っております」
「せやろ?」
 森沢は我が意を得たりとばかりに大きく頷く。
 そして、テーブルの上に置かれたお銚子(ちょうし)を手にすると、
「何をやるにしても金がいる。そして、最も苦労するのが金集めや」
 空になった盃に、酒を注(つ)ぎ入れながら森沢は言う。「その点、ミツと一緒になれば、あんたは金集めで苦労することはない。ワシの金はミツのもの。ミツの金はあんたのものや。あんたの思うがままにやったらよろし」
 そこで森沢は、目前の盃に自ら酒を注ぎ入れると、トンと音を立ててお銚子を置いた。
 そして座椅子の上で姿勢を正すと、
「どや、ミツと一緒になって、ワシに夢を見させてくれへんか。あんたが、どこまで大きゅうなるか、どこまで上り詰めることができるのか、ワシはこの目で見守りたいねん。それが今のワシのただ一つの願いやねん」
 清彦に決断を迫ってきた。
「しかし、ミツさんがなんと言うか……。結婚は相手との合意があってのことですので……」
「ミツがなんと言うかやて?」
 森沢は、声を上げて笑い出す。「ミツの気持ちが分からんで、こないな話ができるかいな」
「では、ミツさんは――」
「ええ言うに決まってるがな」

プロフィール

楡 周平(にれ・しゅうへい) 1957年岩手県生まれ。米国系企業在職中の96年に書いた『Cの福音』がベストセラーになり、翌年より作家業に専念する。ハードボイルド、ミステリーから時事問題を反映させた経済小説まで幅広く手がける。著書に「朝倉恭介」シリーズ、「有川崇」シリーズ、『砂の王宮』『TEN』『終の盟約』『黄金の刻 小説 服部金太郎』など。

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