よみもの・連載

雌鶏

第三章2

楡周平Shuhei Nire

 期日が来た手形を交換所に持ち込めば、額面通りの金を受け取れる。街金は予(あらかじ)め利息分を差し引いた金額を貸すのだから、その差額が利益となるのだが、決済時に相手の口座に額面以上の現金がなければ不渡、つまり手形は紙屑(かみくず)となってしまうのだ。
 当然、手形を担保に金を貸す場合、街金が提示する条件は高利になるのだが、それでも構わないと言うのだから、当座の資金繰りに困窮している先ばかりとなる。それに、振り出し先が苦し紛れに約束手形を乱発していることもあり得るわけで、事実上の無担保融資に等しい。
 だから、森沢の指摘は全くその通りではあるのだが、もちろん清彦には考えがあった。
「だったら、別の手形を担保として預かったらいいではないですか」
「別の手形? そないなもんもろてどないすんねん。紙屑になるかもしれへんもんを、何枚もろても同じやないか」
「そうじゃありません。借り手が保有している、他所(よそ)の会社が振り出した手形を完済するまで預からせてもらうんです」
 俄(にわか)には清彦の狙いが理解できないと見えて、森沢はきょとんとした表情になる。
「つまり、こういうことです」
 清彦は、そう前置きすると続けた。
「たとえば、百万円の融資を申し込んできた先があったとしましょう。まず担保として額面百万円の約束手形を預からせてもらう。その際、利息は日歩とするんです」
「日歩?」
 森沢は、ますますわけが分からない様子で、眉に皺(しわ)を浮かべ小首を傾(かし)げる。
「手形融資は、予め金利分を差し引いた額を融資しますよね」
「そうや」
「それでは、いつ返そうと利子の金額は変わりません。当然、借り手は期限ギリギリまで返済を延ばすでしょう。ところが、日歩となれば話は違ってきます。早く返済すればするほど支払う利子は少額で済むんですから、手形金融の利用者は激増すると思うんです」
「そんな、うまいこといくかいな。そら、早く返せば返すほど金利が安うなるなら、借り手は万々歳やが、うちはどないなんねん。手間が増えて、儲けが僅か言うことになるんとちゃうか?」
「端(はな)から一割、二割の利子をさっ引かれるのと日歩とでは、借り手が受ける抵抗感、心理的不安は格段に違いますよ。手形融資の申し込み件数が跳ね上がるのは間違いないでしょうし、早期返済者の割合は、それほど多くないかもしれないと思いますね」
「なんで、そない思うねん」

プロフィール

楡 周平(にれ・しゅうへい) 1957年岩手県生まれ。米国系企業在職中の96年に書いた『Cの福音』がベストセラーになり、翌年より作家業に専念する。ハードボイルド、ミステリーから時事問題を反映させた経済小説まで幅広く手がける。著書に「朝倉恭介」シリーズ、「有川崇」シリーズ、『砂の王宮』『TEN』『終の盟約』『黄金の刻 小説 服部金太郎』など。

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