よみもの・連載

雌鶏

第三章2

楡周平Shuhei Nire

「その後って、どういうことや?」
「最初に申し上げたように、私は独立を目指しています。頭にインテリがついても、ヤクザには変わりありません。一旦関わりを持ってしまうと、関係を断つのは簡単な話ではありません」
「ワシとこなら、簡単や思うてんのんか?」
 森沢の目が鋭くなり、瞳に重く冷たい光が宿る。
 森沢がヤクザと密な関係にあるのは承知している。
 しかし、その点についても清彦には考えがあった。
『うちとこの社長は、難しいことをよう理解できへんのですわ』と語った北原の言葉から、森沢に清彦が考案した手形金融を独力でやれる能力はないと踏んだのだ。
「狙い通りなら、この商売は莫大な利益を社長にもたらすでしょう。その間に、北原君でも誰でもいい、私が独立した後も、社長が困らないよう、社員に仕事のやりかたを徹底的に教え込むことを約束いたします」
「なんぼ商いが大きゅうなっても、置いて出ていく。そやし、しのごの言うなっちゅうわけか……」
「独立した後は、社長の商売の邪魔にならないところで開業することも、お約束いたします……」
 清彦は森沢の視線をしっかと捉え、断言した。
「他所(よそ)へ行っても、ややこしいのがおるやろが、後ろ盾にはならへんで?」
 森沢は、鋭い眼差しを向けたまま、口の端を歪(ゆが)ませる。
「心得ております……」
 暫(しば)しの沈黙があった。
 やがて森沢は、短くなった煙草を吹かし、灰皿に擦(こす)り付けると、
「話は分かった」
 背もたれに上体を預けると、「最後にもう一つ、聞いておきたいことがある」
 再び問うてきた。
「何なりと……」
「この商いに、危険はないんか? あるとすれば、どないなもんがあんねん」
「危険はない……。ほぼゼロだと考えております」
「ゼロ? そない馬鹿な話があるかいな。手形の振り出し先やて、大小様々や。うちのような街金は、銀行と違うて与信審査なんぞできへんのやで。振り出し先が飛んでまうことかてあるやろし、なんぼ日歩や言うても――」
「振り出し先が飛んだ時の担保に、同額以上の別の手形を担保に取るんです」
 清彦は、森沢の言葉を遮った。「もっとも、手形融資を受けた先は、何があっても期日通りに融資の全額に、日歩を載せた金額を支払ってくるでしょうけどね」

プロフィール

楡 周平(にれ・しゅうへい) 1957年岩手県生まれ。米国系企業在職中の96年に書いた『Cの福音』がベストセラーになり、翌年より作家業に専念する。ハードボイルド、ミステリーから時事問題を反映させた経済小説まで幅広く手がける。著書に「朝倉恭介」シリーズ、「有川崇」シリーズ、『砂の王宮』『TEN』『終の盟約』『黄金の刻 小説 服部金太郎』など。

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