よみもの・連載

雌鶏

第三章2

楡周平Shuhei Nire

 森沢は胡乱(うろん)げな眼差しを向けてくる。
 清彦は答えた。
「高い金利を払ってまで金を借りにくるのは、当座の運転資金に困っているからでしょう。会社間取引の支払いはもれなく手形ですから、現金化できるまでには相応の時間を要します。何枚手元に手形があろうと状況は同じなんですから、資金繰りが楽になるなんてことはまず考えられませんよ。むしろ、早く返せば金利は安いという安心感が支払いを遅らせ、それこそ塵(ちり)も積もればなんとやらってことになるのではないでしょうかね」
 話を聞くうちに森沢は目を丸くして、半開きにした口の前で、煙草を持つ手が止まってしまう。
 清彦は続けた。
「もっとも、担保として預かった手形が不渡りになる可能性もないとは言えません。だから融資の条件としてもう一枚、振り出し先が違う手形を預からせてもらうことにするんです。もちろん、二つの会社が同時に飛ぶ可能性もあり得ますが、それを言い始めたら、手形融資なんてできませんからね」
 もはや、森沢は驚きを隠そうともせず、ただただ清彦を見つめるばかりとなる。
 しかし、すぐに口を開くと、
「あんた……ほんま、凄(すご)いこと考えはるな……」
 譫言(うわごと)のように唸(うな)った。「手形商売をやっとるやつはぎょうさんおるけど、そないなこと考えたのは、誰一人としておらへんで」
 当たり前だ。
 この仕組みは、『光クラブ』の目の覚めるような事業形態に刺激を受けた清彦が、自力で考案したもので、他人に話して聞かせるのは、これが初めてのことである。
 すっかり乗り気になった様子で、身を乗り出してきた森沢だったが、そこで急に真顔になると、
「しかし、なんでワシに話すねん。上手く行くと思うてんなら、自分でやったらええやないか」
 当然の疑問を口にする。
「肝心の資金がないんです」
 清彦は素直に答えた。「手形金融となると融資の額の桁が二つほど違いますのでね。中小企業でさえ、額面十万、百万単位の手形はザラです。中途半端な元手ではやれるものではありませんし、万が一にも焦げつこうものなら即終わりですので」
「終わりにせなんだらええやないか。回収する手なんぞ、なんぼでもあるがな」
「確かに……」
 清彦は頷くと、間髪を容(い)れず続けた。

プロフィール

楡 周平(にれ・しゅうへい) 1957年岩手県生まれ。米国系企業在職中の96年に書いた『Cの福音』がベストセラーになり、翌年より作家業に専念する。ハードボイルド、ミステリーから時事問題を反映させた経済小説まで幅広く手がける。著書に「朝倉恭介」シリーズ、「有川崇」シリーズ、『砂の王宮』『TEN』『終の盟約』『黄金の刻 小説 服部金太郎』など。

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