よみもの・連載

雌鶏

第三章2

楡周平Shuhei Nire

「なんで、そう思うねん」
「手形は振り出した側、受け取った側、双方の信用状でもあるからです」
『ん?』と言うように、小首を傾げる森沢に向かって清彦は続けた。
「受け取る側は、期日が来れば額面通りの金が支払われると確信するからこそ、手形決済を受け入れる。同時に、双方が実際に取引を行ったことを証明するものでもあるんです。つまり、取引を行うに値する相手であることを双方が認めた証。文字通り、商売上の手形なんです」
「なるほどなあ。一流どころと商売するのは大変やが、名のある会社が振り出した手形を持ってるちゅうことは、取引しても問題なしと認められた証でもあるわけか」
「もちろん、裏書きすれば譲渡可能。他の取引先への支払いに使うこともできます。だからこそ担保としての価値を持つわけですが、手形は最終的に振り出した会社に戻ります。もし、その裏に、得体の知れない会社名、まして街金の名前が記されていたならどうなります?」
「そこまで資金繰りに困ってんのかってことになってまうわな」
「名のある会社であればあるほど、裏書きされた手形が出回るのを嫌うものです。今言ったように、手形は商売上の手形であって、信用、信頼を置くに値する相手とみなした証になるんです。まして、期限が来て買い取りに回せば、確実に額面通りの金になる。問題ある商取引、犯罪行為に使われでもしたら、それこそ振り出した会社の信用に関わる大問題になりますからね」
「そやし、高利を覚悟で手形を担保にして、街金から金を借りるっちゅうわけか」
「利子も含めた満額を、期限内に返済できなければ、担保の手形をどう使うかは、こちらの勝手。裏書きして、買い取りに回しただけでも、借り手の信用はガタ落ちです。取引を停止されれば、資金繰りがますます厳しくなるどころか、会社存亡の危機に直面することになるんです。そうした観点からも、早期のうちに返済すればするほど金利負担が軽くなる日歩は――」
 その時、森沢が清彦を遮った。
「あんたの狙いは分かるけど、早期のうちに言うたかて、元本と金利を合わせた金が工面できなんだら手形は戻ってきいへんのやで。できなんだら、同じことになってまうやないか」
「だからもう一枚、別の手形を預けてもらうんです」
 清彦は顔の前に人差し指を突き立てた。「この融資の対象になるのは、取引先が一社だけ。手形も一枚しかないような会社ではありません。複数の会社と商売をやっている先しか利用できないんです」
 森沢は清彦が何を言わんとしているか察しがついたらしい。
 果たして、「なるほどなあ……」と頷く森沢に、清彦は続けた。

プロフィール

楡 周平(にれ・しゅうへい) 1957年岩手県生まれ。米国系企業在職中の96年に書いた『Cの福音』がベストセラーになり、翌年より作家業に専念する。ハードボイルド、ミステリーから時事問題を反映させた経済小説まで幅広く手がける。著書に「朝倉恭介」シリーズ、「有川崇」シリーズ、『砂の王宮』『TEN』『終の盟約』『黄金の刻 小説 服部金太郎』など。

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