よみもの・連載

雌鶏

第三章2

楡周平Shuhei Nire

 どう切り出したものかと思案していたのだったが、
「経理学校出た少尉と言わはると、主計将校ですわな」
 森沢は念を押すように問うてきた。
「少尉殿は帝大を出ておられまして……」
 どこか自慢げに北原が答えると、
「帝大を出てはんのですか? そないな方が、何でまたこないなところに?」
 森沢は訝(いぶか)しげな眼差(まなざ)しで清彦を見る。
「北原君が街金に勤めていると伺いまして、社長の下で修業させていただけないかと……」
「えっ?」
 即座に反応したのは、北原だった。「少尉殿、街金の修業って……」
「実は、前々から東京で街金を始めようと考えていたのですが、資金もない、人も確保できない、伝手(つて)もないのないない尽くしで、どこから手をつけていいのか、皆目見当がつかないでいたのですが、経理学校時代に北原君が、経理の勉強をしたいと言っていたことを思い出しまして……」
 あの時、北原が「金持ちになりたい。金が好きだから」と語っていたことから、金融関係の仕事に就いているのではないかと、訪ねてみることにしたのだと告げた。
「自分、そないなこと言いましたっけ?」
 どうやら記憶にないらしく、北原は驚くのだったが、
「そら、帝大出てはんのやもの、頭の出来が違うがな。それに、井出さんは金融関係の仕事言わはったけど、お前が銀行員になれるわけあらへんやろが。金融関係には違いのうても、街金が精々やと思わはったんや」
 森沢は呵々(かか)と笑い声を上げる。
 そして一転、真顔になると、続けて訊(たず)ねてきた。
「しかし、何でまた街金をやりたい思わはったん?」
「金です」
 清彦は、躊躇(ちゅうちょ)することなくきっぱりと言い放った。
「金? こらまたえらいはっきりと言わはりますなあ」
 森沢は目元を緩ませると、机の上に置かれた煙草に手を伸ばす。
「街金をやるのに、金以外の目的はないでしょう」
「そらそうですわな」
 森沢は煙草に火を灯(とも)すと、「金はあるに越したことはあらしませんが、帝大出てはんのなら、ええ給料で雇ってくれる先が、なんぼでもありますやろ」
 吐き出した煙越しに、探るような目を向けてくる。

プロフィール

楡 周平(にれ・しゅうへい) 1957年岩手県生まれ。米国系企業在職中の96年に書いた『Cの福音』がベストセラーになり、翌年より作家業に専念する。ハードボイルド、ミステリーから時事問題を反映させた経済小説まで幅広く手がける。著書に「朝倉恭介」シリーズ、「有川崇」シリーズ、『砂の王宮』『TEN』『終の盟約』『黄金の刻 小説 服部金太郎』など。

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