よみもの・連載

雌鶏

第三章2

楡周平Shuhei Nire

「でも、自分のところでやろうと思えば人手が要ります。もちろん、その筋に任せるのもありですが、ただってわけじゃありませんからね。いずれにしても、応分の元手と人手がないことには、手形金融はできないんです」
「なるほど、それもそうやな」
 清彦の説明に納得した様子の森沢だったが、
「そしたら何か? あんたは修業したい言うけど、本当のところは手形金融をやりながら、街金を始める元手を作るのが目的なんか?」
 念を押すように問うてきた。
「それもありますが、手形金融もやれば個人相手の金融もやる。要はなんでもやれる金貸しになりたいんです」
 それは、清彦の偽らざる本心だった。
 自分の代わりに獄に繋(つな)がれた貴美子(きみこ)の労に報いるためにも、出所前に万全の生活基盤を整えて彼女を迎えてやらねばならない。それも、彼女の過去が絶対に知られぬ土地で再出発を図ると決めた以上、どこの街でも通用する仕事を身につけなければならない。
「街金は東京にもぎょうさんあるやろに、なんでわざわざ大阪に出かけてきたんや」
「私、戦後しばらくの間、新橋の闇市で商売をやっていたのですが、その時、面倒な人たちと、関わりを持つことになりまして……」
 面倒な人たちが、何を意味するかに説明はいらぬ。
「ヤクザか」
 果たして森沢は言う。
「闇市のような、法が機能しない世界でものを言うのは恐怖の力。暴力です。どこの闇市でも、所場代やみかじめ料の縄張りを巡って、愚連隊が激しい抗争を繰り返したものでしたが、治安が回復するにつれ、組織化が進んでヤクザになったわけです」
「そこは関西も一緒やで。もっとも、一時ほどではあらへんけど、最近でも出入りがちょくちょくあるけどな」
「東京も同じなのですが、愚連隊上がりのヤクザの中には、インテリが率いている組がありましてね。みかじめ料を増やそうとすれば、縄張り争いに発展する。警察の目も厳しくなったことだし、新たな儲け口を模索した結果、彼らが目をつけたのが金融、それも手形金融だったんです」
「カタギがヤクザのシノギに手ぇ突っ込めば、ただじゃすまへんよってな。あんたが今言うたような、新しいこと始めてもパクられてしまいやろな」
「だから後ろ盾が必要なのです」
 清彦はすかさず返した。「うまくいく確信はありますが、正直なところ、この商売が思惑通りの結果になるかどうかは、やってみないことには分かりません。ただ問題は、うまくいった時のその後なんです」

プロフィール

楡 周平(にれ・しゅうへい) 1957年岩手県生まれ。米国系企業在職中の96年に書いた『Cの福音』がベストセラーになり、翌年より作家業に専念する。ハードボイルド、ミステリーから時事問題を反映させた経済小説まで幅広く手がける。著書に「朝倉恭介」シリーズ、「有川崇」シリーズ、『砂の王宮』『TEN』『終の盟約』『黄金の刻 小説 服部金太郎』など。

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