よみもの・連載

城物語

第五話『士道の行く末(五稜郭)』

矢野 隆Takashi Yano

 思えば将軍警護という名目で京に上ってからというもの、戦い詰めの毎日であった。幕府を守るために尊王攘夷の浪士たちを斬り、裏切り者たちと戦い、幕府が倒れ、錦の御旗を敵に回して刃を振るい、江戸に戻り、甲陽鎮撫(こうようちんぶ)の戦に向かった。
歳、俺はもう疲れた……
 そう言って近藤は、歳三の元を去った。そして流山(ながれやま)で首を刎(は)ねられたのだ。
 それからは新撰組を背負い、歳三の戦いの日々は続いた。
 宇都宮、そして会津。
 戦の度に仲間を失い、新たな仲間を得た。すでに新撰組は、京にいた頃とは別物になっている。
 局長の近藤も、沖田も、山南(やまなみ)も、井上も、永倉(ながくら)も、原田も、藤堂(とうどう)も、斎藤もいない。武州多摩で夜な夜なくだを巻いていた仲間たちは、もう歳三の傍(そば)にはいないのだ。
 それでもまだ戦っている。
 生まれは武州の薬屋だ。歳三は侍ではない。近藤は農家の出であった。だからというわけではないが、新撰組は士道を貴んだ。
 士道に背くまじきこと。
 隊士たちに守らせる隊規の第一に、そう記した。
 しかし……。
 もはや歳三には、己が貫くべき士道が見えなくなっていた。
 仲間を失い、寄るべき主(あるじ)も無くした今、なにに対して士道を貫けば良いのか。近藤が死んでからというもの、北へ北へと流れる歳三の戦いの旅路は、その答えを見つけるためのものだった。
 今もまだ、答えは見つからない。
 風雪にさらされるこの北の地に、歳三の貫くべき士道があるのか。ただそれは、大鳥や榎本の言う、みずからの国でないことだけは確かだ。
「副長」
 背後から聞き慣れた声がした。見ずとも解る。島田魁(しまだかい)だ。島田は、数少ない京からの新撰組の生き残りだ。
「副長はやめろ」
 後ろに立つ島田を見もせずに、歳三は言った。
「俺にとっちゃ、土方さんがどんな肩書を得ようと、副長だ。やめろと言われたって、副長と呼び続けてやるぜ」
 島田に副長と呼ばれる度に、歳三はやめろと言ってきた。しかし島田は、いっこうに従おうとしない。
 理由は解っている。
 長年ともにいる島田には、歳三の疲弊が解っているのだ。
 すべてに疲れた歳三に、京にいた頃の昔を忘れて欲しくないからこそ、あえて副長と呼んでいる。
 そんなに焚(た)き付けられても、もはやあの頃のような熱は蘇(よみがえ)らない。そう言ってやりたかったが、言ってしまえば島田の心が折れる。古い仲間にとって、歳三はあの頃の歳三のままなのだ。どれだけ疲れ果てていようと、かならずまた、鬼の副長と呼ばれた頃の歳三に戻ると信じている。
 そんな島田に、どう応えてやれば良いのか。己が貫くべき士道すら見失っている土方には、答えが見いだせなかった。
「そろそろ上陸の準備をしてくれと、大鳥殿が言ってますぜ」
「奴はもう小舟に乗ったのか」
「えぇ、一番最初に。揺れる小舟の上から俺を見て、その言葉を叫んで行っちまいました」
 島田の言葉を聞いた歳三は、小さく笑った。
「行くか」
「また、ひと暴れしましょう」
 景気良く言った島田にうなずいてから、歳三は手摺りから指を離した。

プロフィール

矢野 隆(やの・たかし) 1976年生まれ。福岡県久留米市出身。
2008年『蛇衆』で第21回小説すばる新人賞を受賞する。以後、時代・伝奇・歴史小説を中心に、多くの作品を刊行。小説以外にも、『鉄拳 the dark history of mishima』『NARUTO―ナルト―シカマル秘伝』など、ゲーム、マンガ作品のノベライズも手掛ける。近著に『戦始末』『鬼神』『山よ奔れ』など。

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