よみもの・連載

城物語

第五話『士道の行く末(五稜郭)』

矢野 隆Takashi Yano

 蝦夷島に渡った時から、解っていたことだろう。と、怒鳴ってやりたかった。しかし歳三が怒鳴れば、この男は縮こまって余計に苦しむことになる。榎本にしても、大鳥にしても、戦の現実というものが見えていないのだ。
 どちらかが潰れるまで終わらないのが、戦だ。こちらが一人残らず死に果てるか、敵が疲れ果ててしまうか。ふたつにひとつである。
「和議を結ぶということは可能だと思うか」
「今なんと言った」
 歳三の声に不穏な気が満ちたのを、大鳥は機敏に悟った。
「い、今の言葉は忘れてくれ」
「奴等と仲良くやるつもりなら、はじめから戦などやらなければ良かったんじゃねぇのか」
「わかっている」
 話を切り上げようとする大鳥を、歳三は逃がさない。
「この島に俺たちの国を作る。あんたはそう言った。あれは嘘だったのか」
「嘘ではない」
「ならば最後まで戦うだけだ」
「解っている……。解っているよ土方君」
 大鳥はそれ以上、なにも言おうとしなかった。

 箱館の平穏は、春の訪れとともに崩れ去った。
 冬の終わりに蝦夷島に出兵することを決めた新政府は、各藩の兵を陸奥に結集。翌年の一月から二月にかけて陸奥に集ったのは、長州、備前、筑後、津、福山、大野、徳山、弘前、黒石ら、総勢六千を超す軍勢であった。
 明治二年四月六日、ついに新政府軍は陸奥を出帆する。
 四月九日、江差の北方にある乙部(おとべ)村に上陸を開始した新政府軍は、防衛のために江差より出兵した一聯隊を軍艦より砲撃、そこに大軍勢が大挙上陸する。小勢の一聯隊に抗する術(すべ)はなく、旧幕軍は敵の上陸を許してしまった。
 乙部村に上陸した新政府軍は、軍を三つに分けて箱館を目指す。
 長州、福山、弘前藩らは海岸沿いを江差に向けて進む。内陸の鶉村へは長州、弘前、福山、松前の四藩が。江差の北に位置する熊石に向けては松前藩が進軍した。三軍とも、戦らしい戦もせず同地を占領、進軍を続ける。
 旧幕軍は松前まで退いた。
 江差に入った新政府軍は、軍を二つに分けて、松前口と木古内(きこない)を目指す。内陸を進む軍は鶉村より二股口(ふたまたぐち)を行くことになった。
 五稜郭の榎本たちは、木古内に大鳥、二股口に歳三を送る。
 四月二十三日の夕刻から二十五日にかけて、歳三は山間の峠である二股口にて、押し寄せる敵と戦った。敵の屍数百を築き、味方の死者は三十を超えた。しかし、木古内方面で戦っていた大鳥たちが二十九日に矢不来(やふらい)で敗走すると、退路を断たれる恐れもあり、歳三も退却を強いられることになる。
 敵の上陸から二十日あまりにして、歳三たちは箱館へと追い詰められるかたちとなった。
 箱館を囲まれながらも、旧幕軍は懸命に戦ったが、次第に敵の圧倒的な物量の前に疲弊してゆく。
 そして五月十一日を迎えるのであった。

プロフィール

矢野 隆(やの・たかし) 1976年生まれ。福岡県久留米市出身。
2008年『蛇衆』で第21回小説すばる新人賞を受賞する。以後、時代・伝奇・歴史小説を中心に、多くの作品を刊行。小説以外にも、『鉄拳 the dark history of mishima』『NARUTO―ナルト―シカマル秘伝』など、ゲーム、マンガ作品のノベライズも手掛ける。近著に『戦始末』『鬼神』『山よ奔れ』など。

Back number