よみもの・連載

初恋父(と)っちゃ

第十一回

川上健一Kenichi Kawakami

「うわッ。あいつもパーキングに入る気だぞ。やっぱりやる気だ!」
 小澤が後ろ向きのまま叫ぶ。
「つかまれ! 左に曲がるぞ!」
 叫ぶや否や水沼は猛スピードのままキウスパーキングエリアに分岐する道に車を突っ込んだ。後輪タイヤが悲鳴を上げてスリップしたと同時に、後部座席の小澤が吹っ飛んで右側のドアに激突した。水沼は右に左に咄嗟(とっさ)のハンドルさばきでくねくね車を蛇行させながらも何とかパーキングエリアに車を滑らせる。車が蛇行するたびにタイヤが金切り声を上げ、後部座席の小澤が右に左に転がってドアに激突した。猫の額ほどの小さなパーキングエリアに車が二台駐車していた。白い乗用車。それに青いトラックが一台。それぞれが一車両分間を空けて駐車している。トイレのある小屋のような小さい建物の前で、中年の女性が二人、タイヤを軋(きし)ませながら飛び込んできた水沼たちの黄色い車に気づいて何事かと振り向いて立ち尽くしている。何もかもが小さなパーキングエリアだった。
「停まるな! 駐車場を一回りしろ! ダンプは小回り利かないから追いつけね!」 
 助手席で山田がドアの上の把手(とって)を掴(つか)んだまま叫ぶ。後部座席の小澤は横倒しになったまま右側のドアにへばりついていた。ダンプカーが駐車場に飛び込んできた。水沼はトイレの建物を通過して右にハンドルを切った。駐車場に突進してきたダンプカーはトイレの建物の前で急ブレーキをかけた。タイヤがロックされて巨大な金属の塊がガタガタ震え、盛大にブレーキ音を轟(とどろ)かせて停まった。
「ストップだッ、ストップ!」
 山田が叫び、水沼はブレーキを踏みつける。車は金切り声を上げて停車した。小澤が運転席と助手席の背もたれに激突した。車は駐車している二台の車を挟むようにしてダンプカーと対峙(たいじ)する格好になった。
 と、ダンプカーの運転席のドアが蹴飛ばされたように勢いよく開いた。大柄の男が飛び降りた。薄汚れた鼠色(ねずみいろ)のジャンパー。短髪の頭に捩(ねじ)り鉢巻。ちらりとこちらに目を向けた。髭面(ひげづら)。顔も身体も肉付きがよく丸まっている。大きな目が吊り上がってただならぬ気配だ。直(す)ぐさま太い短足を回転させてトイレにダッシュして行った。
「もしかして、ぶっ飛ばしてたのはトイレに行きたかったからか?」
 水沼は呆気(あっけ)にとられて口を閉じられない。
「みたいだな」
 山田は半ば憮然(ぶぜん)とした、半ば唖然(あぜん)とした面持ちだ。
「待て! き、決めつけゆな。イテチチチ。にゅだんするなッ。あいつ、トイレに、行ったんだろう。何か、企(たくら)んでるぞ。悪い予感がしゅ、する」
 小澤の声は喘(あえ)ぐようなくぐもった声で床の方から聞こえた。ところどころでろれつが回らず言葉が潰れてにゅるにゅるした感じに聞こえる。水沼が振り向くと、小澤は顔を下に向けて前後の座席の間に横向きになってすっぽり挟まり、手足をばたつかせてもがいていた。

プロフィール

川上健一(かわかみ・けんいち) 1949年青森県生まれ。十和田工業高校卒。77年「跳べ、ジョー! B・Bの魂が見てるぞ」で小説現代新人賞を受賞してデビュー。2002年『翼はいつまでも』で第17回坪田譲治文学賞受賞。『ららのいた夏』『雨鱒の川』『渾身』など。青春小説、スポーツ小説を数多く手がける。

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