よみもの・連載

吉原べっぴん手控え帳

第二話 おばけ騒ぎ始終

島村洋子Yoko Shimamura

 龍田川は自分の部屋でもう化粧をしていた。
 そして清吉の話をざっと聞いたあと、
「やっぱりねぇ、こりんは小さいといってもしっかりしてるから何かを見たのは本当なんだろうね」
 と言った。
 もしかすると自分たちが知らないお参りのやり方でもあるのではないか、と思ったがやはり白装束で昼間に参るやり方なんかないだろう。
 他にも見た者がいるかもしれない、と思いながら龍田川が階段を下りてくると、あの、と声をかけた者があった。
 遣り手ばばあのおきぬである。
 ばばあといってもそれほどの老女ではない。
 ずっと店で女郎をやっていて先年、見世をあがって裏方に回った酸いも甘いもわかっている気の利く女である。
 誰でもができる仕事ではなく、頭の良いしっかりした女が店主から見込まれ遣り手ばばあになるのだ。
「こりんが九郎助稲荷でおばけを見たって話のことですか」
「じつはあたしも見たんですよ、真っ昼間に」
「え、やっぱり」
 昼間に出るおばけはやっぱりいるのだ、と龍田川が驚いた時、おきぬは言った。
「いえ、その白装束、おばけじゃないんですよ」
「おばけじゃない、だって?」
「あたしゃ、あの白装束の女をよく知ってます。ずいぶん長く会ってないけどたぶん間違いはないですよ」
 龍田川は大きく目を見開いておきぬを見つめた。
「あの女は九郎助稲荷の神主の娘で、小さい頃から巫女をやってたんですけど、巫女は神様だけを信じてお勤めしなきゃいけないのに、まだほんの小娘の時に男を作って一緒に出ていっちゃったんですよ。女郎じゃないし、神主の家の話だからべつに四郎兵衛会所も本気では探さなかったんでしょうけどね。それからずーっと噂(うわさ)も聞かなかったけど、食い詰めて戻って来たのかもしれない、まあ神様にお詫(わ)びでもしたんですかね。謹慎が終わったらまた九郎助稲荷で働くのかもしれないですね。駆け落ちした巫女なんて聞いたことないですけどね」
 なんだそんなことだったのか。こりんのおばけ騒ぎはこれで一件落着である。
 龍田川はこりんに「おまえが見たのはおばけではなくてどうやら人らしいよ、安心おし」と伝えようと思いながら階段を上がった。

プロフィール

島村洋子(しまむらようこ) 1964年大阪府生まれ。帝塚山学院短期大学卒業。1985年「独楽」で第6回コバルト・ノベル大賞を受賞し、作家デビュー。『家族善哉』『野球小僧』『バブルを抱きしめて』など著書多数。

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