よみもの・連載

吉原べっぴん手控え帳

第四話 星形のしるし

島村洋子Yoko Shimamura

   二
 
 春日屋に突然、呼ばれた清吉は何か不手際でもあったのだろうかと思って心配したが、一津星が贔屓にしている髪結いの怪我(けが)が治るまで代わりに来てくれということだったので、安心した。
 実際に会ったわけではなく絵姿しか見たことはなかった一津星だったが、すらりと背の高い切れ長の目をした容姿で人気だと聞いていた。
 花魁の定番の髪形である立兵庫(たてひょうご)をもっと頭頂部の髷(まげ)を細くして、ほっそりしたところを強調したほうが美しいのではないか、と清吉も前から思っていたので機会があるなら是非やってみたかった。
「龍田川さんはなんとおっしゃいですか」
 と念のために尋ねると使いの者は、
「それは良いことです、と全く気にされてないご様子です」
 と言った。
 それは器の大きな龍田川らしいと安堵(あんど)しながら春日屋に向かった清吉には、もうひとりどうしても仕事を受けたいと思う女があった。
 それは角海老楼(かどえびろう)にいるお歌(うた)という新造である。
 なんでもお歌には首筋に星形のほくろがあり、そこがかえって名状しがたい色気になっている。
 その上、お歌と事に及んだ男はどういうわけか運がついて博奕(ばくち)でとんでもなく当たる者、あるいは本業で出世する者が続出し、いま角海老楼はお歌のおかげで押すな押すなの大盛況だという。
 ほくろというのはあまり好まれるものではないが、なんでもその形が星形で美しいらしい。
「星形?」
 清吉はそれを聞いて思わず息を呑(の)んだ。
 自分と生き別れの双子の妹にも首筋に星形のほくろがあったと聞く。
 これはひょっとしてひょっとするのではないか。
 しかしいきなり髪結いの御用はありませんかと、つてもない店にこちらから顔を出すわけにもいかない。
 ここは焦らず気長に待っていれば何かの縁で出会えるかもしれない、まずは一津星にも気に入られ良い腕の髪結いがいると吉原(よしわら)中の評判になることが肝心である、といつにもまして清吉は丁寧に一津星に接した。
 まずは立兵庫を少し横に張らせることを提案し、髷は流行(はやり)の若衆(わかしゅ)様式にいなせな感じにしてはどうでしょうと聞いてみた。
 江戸の生まれだという一津星はさっぱりとした気性のようで、
「なんでもお任せします。いやならいやと言いますからお好きなように」
 と言ってくれた。
 もともと美しい女は何を着せてもどんな髪にしようとそれなりになるものだが、新しい髪形にした一津星は艶やかに見えて清吉はほっとした。
 一津星も気に入ったらしく、合わせ鏡にして何度も後ろと前を確認しながらうなずいた。
「またお願いいたしますね」
 と言われた清吉はほくほくとして帰ったが、廊下ですれ違って会釈した龍田川が気のせいか浮かない顔だったのが気になっていた。
 それでも、
「これ、つまらないものでありんすが」
 と、包みを寄越したのでその場で開けてみると緑色の丸いものが二つほど入っていた。
「お、蓬餅ですね。こりゃありがたい」
 甘党の清吉は思わず声を上げた。
「ちょっと暖かくなったと思ったらもう春の草が生えてるみたいで、摘んできてくれた人がいるんです」
 そういう龍田川の頭は明後日、結い直す約束である。
 清吉はそうかこの人は日頃、錦の打ち掛けを着ていて人々に憧れられていても、気軽に野の花を摘みに行くことすらできないのだと思い至って悲しくなった。

プロフィール

島村洋子(しまむらようこ) 1964年大阪府生まれ。帝塚山学院短期大学卒業。1985年「独楽」で第6回コバルト・ノベル大賞を受賞し、作家デビュー。『家族善哉』『野球小僧』『バブルを抱きしめて』など著書多数。

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